リクエスト短編集

□灰かぶりパロ
1ページ/5ページ

昔々あるところにトアという、世界に三人どころか逆にここまで『普通』『並』『平々凡々』をあらん限りに詰め込んだ人間など一人しかいないのではないかと思わせるような、まあまあ可愛らしいような気にさせてくれる女の子がいました。
彼女の家は国でも一二を争うお金持ちでした。
小高い丘の上に立ったお屋敷はとても大きく、見る者を圧倒するほどに立派です。
しかしこの家に住んでいるのは、トアの他にたった四人だけでした。
義理のお母さんに、これまた義理のお姉さんが三人。
本当の両親はトアが物心つく前に亡くなってしまい、トアはお母さんの遠縁の親戚だという今のお義母さんに、屋敷と莫大な財産ごと引き取られたのでした。
それなのに、トアは特徴の無いワンピースに使い込んだエプロンを引っかけただけという、質素な使用人的出で立ちで、毎日忙しく働き回っていました。
義理のお母さんやお姉さんが舞踏会やお芝居に出かけるような日でも、彼女は一人残って家のお仕事をてきぱきとこなしていました。
そのため一部の人々は、『きっと継母達に苛められているんだ』と勝手な推測を飛ばし、勝手に彼女を憐れんでいました。

これはそんな、全ての大筋とは何ら関係のない、彼女のお話です。



「トアよー。手が空いておったら、こちらに来てくれるかー」
「はい! 今すぐ参りますお義母さん!」

大きなお屋敷に、今日も元気な声が響きます。
トアが急いで部屋に行くと、そこにはお義母さんと、二人のお姉さんがいました。
小さなお義母さんはにこりと微笑み、優しく迎えてくれます。

「掃除も洗濯も、お買物もばっちりです! 何か他にご用はありますか?!」

トアが握り拳を作りながらその意気込みを叫ぶと、お義母さんは軽く笑い。

「いや、お前もちょっとは休んでゆっくりせんかと思ってな」
「分かりました! では今すぐお茶の用意を」
「止めてくれるか。シャロン」
「は」

部屋をダッシュで出ようとしたトアは、お姉さんの一人に捕まってしまいます。
そうしてそのまま逃げられないよう軽く羽交い絞めにされて、お義母さんの元に連れ戻されました。

「どうしてですかお義母さん! 私がやらなくて、誰がこの家の台所に立つと言うの!?」
「……使用人を雇えば良いと、余はいつも言っているだろう」
「そんな勿体無い事できません。自分でやったらタダなんですよ!?」
「うちは言うほど金に困っておらんのになあ……」
「私は無駄使いが許せないだけなんです。ほら、見て下さい。使用人を一人雇った場合と私が働いた場合の機会費用とか効用関数とか諸々をそれぞれ独自に計算して」
「ごめんな、お義母さんが悪かった」

何か事細かな計算式だのグラフだのが描かれた帳簿を開き熱く語り出したトアを、お義母さんは素直に謝り止めてしまいました。
そしてとてもとても寂しげに、はあと溜息を零します。

「うちの家事全般をしてくれているその分、お小遣いも多くやっているのに、お前は蓄財したり株を買ったり土地を転がしたりと、一向にまともに使ってくれないし……」
「でも、お義母さんは趣味にぱーっと使えって」
「『年相応』のな!」
「まったくもう……トアさんは色気のカケラもなくって、私心配ですわ」

もう一人のお姉さんも、少し悲しそうに溜息です。

「おう、マリアからも言っておくれ」
「もっとオシャレに興味を持ったり、恋だの愛だの、そんな可愛らしい話題に花を咲かせてみたっていいじゃありませんの」
「何それ儲かる?」

お姉さんの嫌味に、首を傾げて問い返すトアでした。瞳がとてもきれいです。

「お母様。色々ともう手遅れだと思いますわ」
「そんなことないぞと言ってやりたい親心」
「心中僅かにお察しします」
「もー! 何ですか皆して私のこと馬鹿にしてー!」

トア以外の全員が、若干気落ちしたようでした。
拘束を解かれたので、これから全力で文句を言ってやろうと口を開きかけた。その時です。

「こら! とあちゃん!!」

背後から、小さな女の子の声が響きました。
驚き振り返ると、そこに立っていたのは一番上のお姉さんでした。腕組み口をへの字に曲げて、心底ご機嫌斜めのようです。

「くーがよんだら、すぐきなさいって、いつもいってるでしょ!」
「ごめんなさい、クリミナ姉さま。ちょっと聞こえなかったみたいで……」
「しりません! ばつとして」

すわ家庭内暴力発生かと思わせるような空気を漂わせながら、お姉さんはつかつかとトアの足元まで歩を進めると、びしっと指差し怒鳴ります。

「おやつをだしなさい!」
「はーい」
「あのね。きょうは、いちごのけーきのきーぶーんー」
「えーっと、材料は多分ありますから、しばらく待って下されば作りますけど」
「わーい! いっぱいまつよ! いっしょにたべようねー。とあちゃんだいすきー!」
「わ、ありがとうございます!」

そのまま仲良く部屋から消えていく二人を見送って、お義母さんは肩を落とします。
懐から封を切った手紙を取り出して、ざっとそれに目を通してから、また溜息です。

「……この調子だと、城の舞踏会なんぞ死んでも行ってくれんだろうなあ」
「『衣装代が勿体無い面倒くさい馬鹿らしい』ですからねえ。毎度のことですが」
「最終手段といたしましては縛ってでも」
「ああうん、それは一応本当の最終手段だから、まだよしてくれるかな」




そして、今夜はお城での舞踏会です。
お屋敷の柱時計は、本日十九回目の鐘を少し前に鳴らしたばかりです。

「……はあ」

お義母さんも、義理のお姉さん達もお城に出かけてしまい、広いお屋敷にはトア一人が残されていました。
しかし、これも意地悪されたからという話ではなく、トアが自主的に残ったからに他なりませんでした。
『誘ってくれるのは嬉しいけど、興味がないから』と、誘ってくれた皆を宥めて、支度を手伝い笑顔で送り出した、その結果がこれです。


「はー……ああ……」

現在、トアはリビングのソファーにあられもなく寝転がり、ぼんやりと持ち出した菓子類をむさぼっています。
どうせ一人きりなので食事をまともに作る気にもならず、自堕落な栄養摂取に励んでいるようでした。
その合間合間にガラス瓶の飲み物をグラスに注ぐことなく直接飲んでいます。
飲み逃した一滴が頬を伝うも、豪快に手の平で拭います。
酸いも甘いも噛み分けた中年じみた仕草に反し、一応彼女はまだ未成年ですので、お酒ではなくジュースです。
しかしアルコールを摂取しなくても、今ならすぐにでも管が巻けそうな雰囲気です。
家族は朝まで帰らない予定なので、その相手がいないのは残念もしくは幸いなところ。
そんなことをぬるぬると繰り返している内に、二本目の瓶が空になりました。
トアは三本目の栓を抜くために起き上り……そのままどんより猫背になって、動かなくなります。

「はあ……やっぱり、楽しいものかなあ」

溜息と共に漏れ出るのは、自業自得の羨ましさでした。


本当は、行きたい気持ちもありました。
お城で行われる舞踏会はとても華やかで、一流の楽団が奏でる音楽は聴き惚れてしまいそうな程素晴らしく、色とりどりのご馳走が楽しめ、更にはその最中王子様が婚約者を選ぶかもしれないだの何だの。浮かれた噂を、今日までたくさん耳にしていました。
これでも一応女の子ですから、『王子様』という生き物に憧れる気持ちを少しばかりは飼っています。
舞踏会という煌びやかな未知の世界にも、かなりの興味があります。

しかし、お義母さんやお姉さんたちは美人揃いですが、自分はこんなにも地味な容姿です。
王子様の目に留まるどころか、そんな場に出ては笑い物になるのがオチでしょう。
自分一人恥ずかしい思いをするのは別に構いませんが、大好きな家族にまで被害が及んでしまうだろうと考えて、今までずっと、どんな誘いがあったとしても留守番という道を選び続けていました。
自分の中では、これが一番の選択なんだと納得しているつもりでしたが、一人ぼっちの時間が一秒一秒積もるごとに、心の彩度は如実に弱くなっていきます。
今回は特に大きな、そして決して届かない宝物に、憧れがますます強くなっていきました。そうしてまた溜息一つです。


ここでどれだけ悩んだ所で、解決の糸口など掴めるわけがないのに、トアはどんより腐ります。
可愛くなくて、素直じゃなくて、どう頑張っても表舞台に立てるはずのない器の自分に憤り、虚しさばかりが募りました。
そんな折に。

「今晩はそこに寝そべるもう少し出会うのが早かったのなら私の守備範囲に入りそうな方!」
「え」

沸き出しそうになった涙が一瞬で引っ込むほどに。
怪しすぎるくせに、やたらと無意味に活力溢れる声が聞こえました。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ