リクエスト短編集

□兄の日
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ワイザーはその日一日、いつにも増して露骨に挙動不審だった。

談笑しているトア達からは少し離れ、テーブルを指でとんとんと叩きぼんやりしている。
そうかと思えばトアに熱い期待の籠った視線を送り、何も反応が無ければ溜息をついて再びテーブルを叩き始める。
そんな機械じみた一連の動作を、かれこれもう数時間は繰り返していた。
トアは面倒なので敢えて気付かぬ振りをし、アルハインとマリアはトアが動かないので気兼ねなく無視を決め込んでいた。
後者二人は哀れだなあとやや同情を寄せながら。

「トアよ……」
「はいはい……何ですか?」

そして、ようやくワイザーが重い口を開いた。
トアも『やっとか』といった飼い主の口調で、対応を始める。
しかしワイザーは中々本題を語ろうとはしなかった。歯切れの悪い口調でぽつぽつと、単語単語で何かを伝えようと努力する。

「今日はな、その。人間共の間ではな」
「どうぞ。はっきり言って下さい」

トアに急かされ、ワイザーはやっと思い余ったように吐き出した。

「兄に感謝を示す日、だと聞いた……」

自分で言っちゃ駄目だろうそれは!
その場にいた者たちが皆一様に、至極残念そうな目を向けた。
最も酷いのはトアである。餌を与え忘れたペットが皿を自分から持って催促に来たような、暖かい称賛の眼差しを向けている。
敬愛すべき兄へ送るものとしては、それは幾分か不相応なものであった。
三対の目が鬱陶しいのか、ワイザーは眉根を寄せ不機嫌を露わにする。
しかしここで話の腰を折るのはまずいと判断したらしく、トアのみに目標を定め。

「というわけで、何かしろ」
「はー、最近無茶な振りが多くなってきましたね……」

偉そうに命ずる兄に引き気味の苦笑を浮かべ、そうぼやく他無いトアであった。
本当、急にそう言われましても。
とりあえずうーんと、トアは形ばかり悩んでみる。
プレゼントを買いに行くにしては少々遅い時間だし、彼に喜んでもらえそうで、自分でも今すぐ簡単に出来ることといえば。

「えーっと、肩たたきでもしてあげましょうか?」

ぱっと浮かんだのがこれだった。
アルハインとマリアが『もう少し捻ってやれよ』といった憐憫を各々の表情に滲ませるが。

「あ、ああ。では頼む」

ワイザーは意外にもすんなりと、その申し出を了承した。
そのためトアはいそいそと立ち上がり、ワイザーの背後に回って弱く肩を叩き始める。
その無難過ぎる妹の行動に対し、兄は文句を言うどころか頬を緩めて幸せそうにしている。
あー仲睦まじい仲睦まじい。二人を見つめ、アルハインがこっそり拗ねた。
それを見て、マリアが心底めんどくせーとため息をつく。正から負への美しい連鎖であった。


「そういえばワイザーさん、どこか悪いんですか?」

そんな中、ワイザーの肩を叩きながら、トアが思い出したように問いかけた。
全く予期せぬ質問に、ワイザー本人どころか外野も目を丸くする。

「あら、初耳ですわね」
「私自身も初耳なのだが……誰が言っていた」
「え? パラケススのおじいちゃんが、この前言ってたんだけど」
「パラケススが?」

三人とも不可解を露わにする。その反応にトアは首を傾げるも。

「ワイザーさんは何かの病気を拗らせてるんだって。何だっけ……どう……なんとかって、言ってた気がするなあ」

その瞬間マリアは息を詰まらせむせ返り、アルハインは目を伏せた。
勿論ワイザーは狼狽など、色々な物を通り越した真顔である。それ以上触れれば死ぬ。そんな覚悟の表情だった。
しかし背後のトアはワイザーの変化に気付くことなく、優しく追い打ちを掛けてしまう。

「何の病気なんですか? 詳しくはじいちゃん教えてくれなくって」
「いや……その」
「無理しちゃダメですよ。拗らせたまま死んじゃう可哀想な人もいるとか、じいちゃんが言って」
「トアさん、もうその辺で……」

あまりに残酷で流石に見ていられなくなったのか、アルハインがそっと助け船を出す。
それがまた更にワイザーの胸を抉り、顔の血の気が失せていった。あまりの死相に、もう死んでしまったんじゃないかと外野二人がひやひやする中。

「そうだ!」

しかし全ての元凶は明るく、兄の大きな背に抱き付き。

「私でよければ、病気の治療に協力しますよ!」

兄の日ですし!と元気に語ってしまったトアであった。
周囲の空気が凍りついたことにも、アルハインが何やらわなわな震えていることにも、自分が発した台詞がつまり何を意味してしまっているのかについても、トアは全く気にとめない。
と言うより、全ての敗因は彼女の知識が乏しすぎたことによる。
自分の発言が、兄に対する贈り物としては案外名案だと思われたのか。
その後もトアは無邪気に得意げに、甘えるように励ました。

「今日から頑張って、一緒に治していきましょうね!」
「大丈夫だ、トア。安心しろ」

穏やかなワイザーの声に、トアは褒めて貰えるのかと期待して。

「私は一両日中に、死ぬ」
「え?」
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