リクエスト短編集

□妥協容赦理由のないラブコメ
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いつものように大人しく、まるで出来た神であるかのように。
手持無沙汰で同居人の帰りを待っていると、私のすぐ背後の地面が踏み鳴らされた。
確かな質量を持って、すたん、と軽く。
湧き上がるのは、どうしようもない程の期待である。温もりだったり癒しだったりくすぐったさであったり。まあ直接的に言うと愛である。降って沸いた恋の果てに手に入れてしまった、幸せそのものである。
そして、それは決して容易く外に出してはならない物であった。

「はーい、おかえ……りぃ?」

そのため私は平静を装い、落ち着き払った声色で振り返ったのである。しかし語尾は自然と曲がりくねった。
それもこれも、目の前に転がる、さる不可思議な物体を目にしてしまったがためであった。

「なにこれ」

呟いてはみたものの、残念ながらその正体など一見しただけで判明する。
それは赤黒い、肉の塊であった。血管のようなものが縦横無尽に表層を覆い尽くし、肉の鳴動に合わせて脈打っている。
それだけでも目を逸らすに十分な物体ではあるのだが、小さな私三人分はあろうかというその肉からは、あろうことか何十本もの触手が生えていた。
地に沿いうねるもの、空に向かって高くうねるもの、それぞれが意思を持っているかのように触手達は自由気ままな動きを見せている。
あまつさえ全体的に塊はぬめぬめと光沢を持っており、触手の先端からは何やら粘着質のありそうな白く濁った液体が、ぼとぼとと溢れ出している。私が普通の幼子であったのならば、一瞬の間を置き余裕で泣き叫んでいたであろう酷いビジュアルである。
悪夢でもここまでの醜貌を見せるだろうかという疑問すら沸き起こる。

つまるところはアレである。あれ。我が愛すべき恋人だか夫であり、生涯を掛けて飼い殺すことが確定しているとある魔王が生み出した、人間が言う所の化物である。
そう述べると、まるで彼が至極真面目に職務を全うしているようにさえ聞こえるだろう。何しろ彼の職業は魔王である。最早肩書きが名実共に地に潜り影も形も捉えられなくなった今とは言え、曲がりなりにも彼は魔を統べ恐怖を煽るはずの魔王である。
しかしだからといって他者への性的嫌がらせだけを目的とし、それにのみ特化した魔物なんぞ生み出し喜んでいるようではどう考えても弁護しても――勿論、弁護などする気は毛頭ないのだが――魔王としては失格であろう。まあ彼ならば、例えどの生き物に分類されても門前払いを食らいそうではあるのだが。

「うーん。どーしよっか……なー?」

そこまでつらつらと思考を巡らせても、結局明確な処遇を見出すことは叶わなかった。
仕方なく可愛らしく小首を傾げ、無邪気な声を上げるのみである。誰も見ていないとはいえ、媚を売るという数少ない私の仕事を放棄せざるを得ない程、切羽詰まった事態でもない。
しかしさて、何をどうすべきなのか。一つ一つ整理しておこう。

「うーんうーん……とりあえず、しゅーちゃんにわたすかどうかだねえ」

これはもう、口にした瞬間に答えは決まっていた。渡す訳がない。
男に使うのであれば問題は無い。彼の病気をある程度理解した上での付き合いであるため、食うなり食われるなりその辺はある程度勝手にしてくれと思う。
ただしそこにほんの一欠片でも愛情が絡んだ瞬間、彼の命はその場で尽きる。どんな手段を用いたとしても、絶対に私が頂いてやろうと決めている。
今現在その兆候が全く見られないため、一応とばかりに男への手出しは許可を出しているのである。しかし。

「うんうん……おとこのひとなら、べつにいいんだけどねえ」

問題は女だ。
以前この触手をある男の元に送ろうとして、全く別の場所に出してしまったと聞いたことがある。その際誤って女性に危害を加えそうになったらしいと続けて告白し、間髪置かずに彼はボロ雑巾へと成り下がった。
彼が私以外の女に興味を示すなどあってはならないことだという、私の我が儘起因の、不幸な事故だった。
彼の嗜好は分かっている。全てあらゆる生き物人間がどうしようもない程に大好きで大好きで好きで好きで愛しくて愛おしくて堪らなくなったからこそ今の灰色たる彼がいるのだと、私は理解している。
理解してはいるのだが、納得出来てはいないのである。目の前で男に迫られれば殺意も沸くし、私以外の女なんて見て欲しくはない。
彼は彼だし、私は私だ。いくら恋人だか夫婦だかになったとはいえ、神とはいえ、それは埋められる類の溝ではない。
だからこそもどかしく、嫉妬と言う名の忌むべき感情は止まるところを知らない。
そしてそれをぶつけるべき相手がここに未だ顔を見せないという事実によって、生成速度は倍々になっていく。

「……待ちなさい無礼者」

駄目だもう我慢がならない。
物思いに耽っていた間に、触手の何本かが私に興味を示したらしかった。
気付けばほんの鼻先にまでそれらは迫っていて、何やらちょっかいを出そうと構えている。
それを一言で固めてしまい、私はにこりと笑うのであった。これの処遇がたった今決定したので。




「クーちゃん!酷いんですよアルハインたら折角私が作った触手魔物を喜ぶどころか見た瞬間こちらに送り返して全然私に構ってくれなくて」
「やりなさい」
「えっちょっとクーちゃんんんんんんんん!? 何ですっかああぁっっっご褒美! ですかっっ!? 愛するようじおあばふぶっっ! あっ愛する妻たる幼女に触手を差し向けれて凌辱されそうになるなんて素敵すぎるじゃないですか!!!」
「ひねりつぶせーえ!」


こうして憂さ晴らしとして使ってみたが、対象者が喜んでしまったのであまり意味を成さなかった。
私に我が儘を言われたり虐げられたり白濁した液体をぶっかけられるのは総じてご褒美であるそうな。
精一杯私のみへの愛を叫び私を完璧に満足させたその後に、潔く死んでしまえばいいのに。まあそのような時は一生来ないので、せいぜい私の足元でこうして無様に可愛く転がっているが相応しい。

「クーちゃんってあれですよね。結構な頻度でヤンデレですよね」
「いまさらなにいってるの?」
「ですよねー」

ざまあみろ。

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