短編その二

□ワイザーがオ×ホ持ってうろうろする短編
1ページ/6ページ

部屋に戻ると扉の前に、小包が置かれていた。さりげなく、忍ぶかのように。

「はて?」

発見したワイザーは、しゃがみまじまじと小包を見つめてみる。部屋を出た時、こんなものはなかったはずで、全く覚えのない荷物だった。
覚えはないのだが、貼り付けられたメッセージカードには『ワイザー様へ』と記されていて、魔王間違いの可能性を潰してくれる。ただし差出人の手掛かりになるようなものは、何ひとつとしてれ見られなかった。
怪しい。怪しすぎた。
ワイザーは伸びかける手を自制する。
下手に触れて爆発したり、おかしな魔法が発動したりと、何かしら厄介なことが起こらないとは限らない。何しろ彼の周りには、冗談で済まないドギツイ仕掛けを施し喜ぶ迷惑な馬鹿がごまんといるのだ。警戒に警戒を重ねなければ、奴らを無為に楽しませるだけに終わる。それだけは、何としてでも回避したかった。
ワイザーは眉をひそめて小包みを睨む。
しかしどこからどう見ても、薄茶色のありふれた箱である。片手で持てる程度の大きさしかなく、側面には全て何かの呪文だろうか。同じ文字列が並んでいた。

「あま……ぞん?」

何だろう『あまぞん』とは。聞き覚えのないその単語に、ワイザーは首を捻るばかりであった。
この城には、マリアの実家以外にも出入りする業者がちらほらいる。そのどれもが魔物の経営であるため利用しやすく、ワイザー自身そうした業者を通じ希少な書物や薬品を入手することは多々あった。
しかし最近は自ら街に繰り出し店をぶらつくことが楽しくなり、そういった業者に注文を出さなくなって久しかった。その上業者の知らない名前ときた。やはり心当たりがない。
警戒に警戒を重ね、荷物を睨み続けるワイザー。
しかしどれだけ鋭敏に精神を研ぎ澄ませ中を探ったところで魔力の欠片も察知できず、爆発物や毒物といった危険の臭いもしなかった。ただ、中には何かがあった。しかしその正体が、いまいちワイザーには分からなかった。
ワイザーは年若いとはいえ、魔王の椅子を約束された者である。この世に生を受けた時から魔法の扱いに長け、膨大な知識を所有していた。しかしそれに奢ることなく鍛錬を積み、貪欲に知識を吸収し、敬愛する母に恥じることのないようにと日々経験を積んでいった。
そんな彼が全く見たことも、聞いたこともないような、不可思議な物品が箱の中には収められているようだった。
しばしそのままじっと睨み合いは続いたが、観念したワイザー自身のため息で、あっさり終止符が打たれることとなった。
ワイザーはおずおずと小包を持ち上げてみる。しっかりとした重力が手のひらを圧迫するが、さして重いものでもない。爆発もしないし、変な鳴き声も液体も漏れ出ない。
首を傾げながら、彼は荷物を抱えて自室の扉に手をかけた。ひとまず開いてみよう。軽い決意を一つして。
因みに少し後になってから、どうしてこの時焼き払っておかなかったのかと己の浅慮を嘆くことになるのだが、まあご愛嬌といったところである。



「あー……何だ、これは……」

文机に肘付き、ぼやくワイザー。
箱を開けると、緩衝材代わりに丸めた紙が詰まっていた。それらをのけると紙で包まれた何かが現れ、その紙を外すとぴったり品物を覆い糊付けされた、これまた紙。
無駄に厳重な包装に辟易しながらも、ワイザーはそれらを丁寧に取り外し、きっちり同じ大きさに折りたたんでから箱と一緒に脇に置く。元々几帳面な性分だが、妹のせいでそれは所帯染みた方向に進化を始めていた。彼にその自覚は皆無である。
さて、邪魔な紙を全て除くと、待ち構えていたかのようにその物品が顔を出した。
持ち上げ、振ってみて、下から覗き込み、少し叩いて音を聞き、机の上で転がしてみる。様々試しに確認してみてから、ワイザーは再度ぽつりと呟くのである。

「何だ……これは」

それは、赤い筒状のものだった。
ワイザーの手のひらよりも少し大きく、中央部分が少しくびれている。頭の部分は丸みをおびていた。すべすべした手触りで、上半分には白い縞模様が刻まれており、底の部分は平らで簡単に取り外せそうな蓋がついていた。どうやら中は空洞になっている様子。しかし妙にずっしりと重かった。側面には何やら取り扱い説明らしきものがつらつらと書かれている。いるのだが、ワイザーにはそれを読むことが叶わなかった。

「どこの国の言葉だろう?」

一応、嗜みとしてこの世界の主要な言語はマスターしたつもりであった。しかし直線と曲線が複雑に絡み合ったそれらの文字は、どれ一つ取ってみても見覚えのないものであり、単語の一つも読み取れなかった。
適当な辞書をいくつか引っ張り出してくるが、似たような文字は見つからない。結局読み解くことを放棄して、ワイザーはその怪しい物品を机に立ててみる。
直立する、赤い何か。
それは由来不明の威圧感を放っていた。
うーん、と腕を組み困り果てるワイザーだった。

「とりあえず、インテリアとしては自己主張が激しすぎるし……」

つまり何かしらの道具なのだろうが、それがまるで検討もつかなかった。
底の蓋部分を取り外し、カップや花瓶代わりにしようにも、頭が丸いため逆立ちには向いていない。
ペーパーウエイトにしては大きすぎる。
ほどよい重さがあるので、肩こりをほぐす道具か。いや、それだと中が空洞になっている意味がない。
まさかランプか。色味もいいし、さぞかし美しい間接証明になることだろう。

「しかし火には弱そうだな……」

知らない素材だが、どうも金属やガラスなどではない様子。
ますます本当に何だこれは。
苛立ちまぎれに頭を掻き毟り、ワイザーは深く深く歎息する。

「こんな物の用途すら分からんとは……知識も洞察力もまだまだだな、私は……」

と、そこまで呟き、彼はふと顔を曇らせる。

「まさかこれは……」

慌てて箱に貼り付けてあった、メッセージカードを確認してみる。
表にはただ一言『ワイザー様へ』。そして裏には……。

「『親愛なる息子殿へ』……!?」

思わずガタッと椅子を立つワイザーだった。
つまりこれは、己を息子と呼ぶただ一人。あの気高い黒の魔王――つまり母からの贈り物である。雷に打たれた気分とはまさにこのこと。ワイザーはひどい目眩をおぼえ、よろよろと力なく椅子に腰を下ろした。そして両手で顔を覆い項垂れるのである。
ワイザーは苦悩する。自分は母からの贈り物をまともに役立てることもできない、愚かな息子だと。というか最初は思いっきり爆発物等を疑ってかかっていた。申し訳なさで胸が張り裂けそうだった。

「いや、こうしてはおれん……!!」

そのまま息絶えてしまいそうなくらい、負のオーラを滲ませていたワイザー。
しかし唐突にそんな台詞を叫んで立ち上がる。ガタタッ、と先ほどよりも勢いよく。
ワイザーは赤い筒を引っつかみ懐に放り込むと、慌ただしく部屋を後にした。
このまま自分ひとりで悩んでいても埒が明かないだろう。ならば先人の知恵を借りる他ない。そう思い、一番身近で暇をしているアルハインに突撃をかましに行くのである。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ