魔王のおやど

□第一話
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広い食堂。
いくつかの食卓に、それに付属して数脚の椅子。
ありきたりなそれらが並ぶ非常に質素な空間であった。

窓床壁、どこをとっても掃除が行き届いており、食卓にはそれぞれ花瓶に生けた花が置かれ、部屋にささやかな彩りを添えている。
良くも悪くも、目を引くところが何もない。

清潔感漂うこの部屋は、宿の食堂としては表面的に問題なかった。
ただまあ、客が一人もいない。
挙げるとすれば、それだけが唯一の欠点である。


彼女──トアは深々と溜め息をついた。
この客入りの悪さを嘆くこと、そうすること自体が義務のように、ただもう気だるげに。
すっかり冷めてしまった紅茶のカップと、がらんとした食堂全体に交互に目をやってから、また溜め息。

栗色の髪を一つにまとめただけの、とりたてて特徴のない少女だった。
年の頃は十代後半くらい。
十人中九人位が普通、残り一人がまあまあ可愛いと評価を下すくらいの容姿である。
普通の町娘然とした服にエプロンをつけただけ。
日常的に市場などですれ違う、通行人Aといった人物だ。
そんな普通まみれの外見で、青鈍色をした両目だけが明るい単語を喚起させる要素がかけらも見受けられないほど濁っているため、いやに目立っていた。

椅子に腰掛け小さく音を立てて紅茶をすする。
希少性が高く王侯貴族でも滅多に口にできない葉だと聞かされたが、残念なことにトアはそれをありがたがる可愛げを既に捨てていた。
乱雑な、最適温度や最適分量を完璧に無視した淹れ方を披露し、おまけに砂糖とミルクをたっぷりと投入。
多分通が見たなら十中八九憤死する。
贈り主は微苦笑しただけでやり過ごしたが。

冷めたため、ただでさえミルクのせいで薄れていた香りも全て飛んでしまっていた。
トアは甘ったるく冷たいだけの液体を飲み干し乱暴に、それでも割れれば面倒なのでちょっとは気を使いながら、ソーサーにカップを叩きつけるようにして置いた。

かちゃん、と強い音が食堂に響いた。

それを合図に完全な静寂がその場を包む。
先ほどまでの唯一の音源が、音に驚いて手を止めたため。
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