魔王のおやど

□第二話
1ページ/7ページ

「いらっしゃいますか我が君」

そんな折。玄関の方から、かすかに女性の声が届いた。

聞き覚えのある声なのか、トアは客じゃないのかとわずかに落胆の色をその顔に滲ませるだけだが、青年の反応は酷かった。
まだ猶予があると思われていた処刑が何の間違いか唐突に回ってきたような、そんな絶望に陥ってただでさえ白い顔が真っ青になっていた。

声を震わせ身を縮ませ、恥も外聞もかなぐり捨てトアにありったけの思いを込めた懇願の眼差しを向ける。

「貴様……いえトアさんお願いします。我輩はここにはいませんってことで一つ」
「えー何言ってんの。バレバレだよ、きっと」

そんな必死の青年の願いを、トアはばっさりと切って捨てた。
厄介だからもう帰れ。言葉にはしないが、ぱたぱたと手を振りそんな拒否のポーズすら取る。
一層青年の顔が絶望に染まった。
瞳に涙すら滲ませ、必死にどこか隠れるところはないかと周囲を見回す。

哀れだなあ。とトアはぼんやりと思う。
思うだけで、手を貸してやろうとは思わない。無駄だから。

「その通り、バレバレでございます。我が君」
「ひいっ!」

声とともに肩に置かれた手に驚き、青年が情けない悲鳴を上げた。

いつの間にやら、彼の背後には異形の女性が立っていた。
健康的な褐色の肌に、白銀に煌めく鎧をまとって佇む女騎士。
長く尖った耳と氷よりも冷たい無表情が印象的な、凛とした佳人である。

表の扉を開ける音も何も聞こえなかったのに、彼女は確かにそこにいた。
その外見も人知を越えた出現の仕方も、彼女が人ならざる者であることを示している。
しかしトアは慌てず騒がず座ったまま頭を下げた。

「シャロンさん。こんにちは」
「うむ、女将息災か」
「お陰様で。ただ仕事は暇なんですけどね」

はあ、と溜め息混じりにトア。
あからさまに不機嫌そうなその態度に、女性は少し表情を和らげた。
親しい者のみに向けられるような笑みを浮かべながら、それでも青年を捕らえた手の力は緩めない。
痛い痛いという、情けない抗議の声も無視である。

「ならば女将に朗報だ。恐らく今夜にでも『客』が来るぞ」
「本当ですか?!」
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ