魔王のおやど

□序章
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トアの人生は、それまで目立って恵まれた試しがなかった。


彼女が生まれてすぐに、父親は流行り病で亡くなった。
『気は優しくて力持ち』という常套句を絵に描いたような人物だったと母親によく言って聞かされたが、トアの中の父のイメージは不明瞭に形成された。

亡き父の思い出を語る母の瞳は、いつも憂いの色に満ちていたから。

母の語る人格者の父の像と、私情が抱かせる母を悲しませた憎い父という相反する像ができ、どちらを取ることもできずに大きくなった。
そして育つにつれ、憎しみの方が勝っていった。
父親の残した借金のため、母親が苦労をしていることを理解したからだ。

父親はそれほど商売に疎い人ではなかったが、決定的に情に脆かったらしい。

困っている人間がいれば手を貸さずにはいられない性分で、おまけに貸した金が返ってこなくても誰かの力になれたという事実だけで満足してしまうようなお人好し。
自然と借金は嵩み、それが十分に生活を圧迫するくらいに膨れ上がった頃、とどめとばかりに父の急死。
これで裕福な生活など望めるはずもない。


それでも父が逝ってから、母親は文句もこぼさず女手一つでトアを育て上げた。
父の残した小さな個人商店を切り盛りし、決して安いとは言えない学費を払い、学校にまで通わせた。
トアの住む町には魔法や軍隊など特殊な方面の学校は無かったが、そこそこにレベルの高い普通学校は幾つか存在した。
その中の一つに入り、上の下という良くも悪くもない成績をキープし続け、15の誕生日を迎える春に無事卒業することができた。


その年から、トアは必死に働いた。
実家の手伝いは勿論のこと。数多くの副業を掛け持ち、少しでも家計の助けになればと、母のためにと努力した。

その甲斐あってか、二年も経てば借金は着実に減っていった。
まだまだ完済には遠い額ではあったが、借金先の金貸しはどうやらトアの父親に恩があるらしかった。
一代で財を築いた富豪にしては珍しくおおらかな人物で、ゆっくり返してくれればいいと宣言した上、何かとトアたち親子のことを気にかけてくれていた。
思い入れのない父親よりも、この金貸しをトアが慕うようになるくらいには。
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