魔王のおやど

□第三話
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某国最北端の街、アイルズベリィ。
宿屋雑貨屋食事処、その他もろもろが建ち並び、通りは各地からやって来た種々多様な人で賑わいを見せる栄えた街。
こここそが、魔王城に世界で最も近い街である。

矛盾するかもしれないが、事実である。


森二つに山三つ越えた先にあるものだから、街から魔王の城を視認することはできないし、ましてこれだけ離れていれば魔王城の方角――北の空が年中ねずみ色であることでしか、その存在を感じられなかった。

近年、魔物もここまで出てくることは稀になり、現れたとしても常駐の騎士団や冒険者たちによって問題なく退治される。
その頻度は多くて年に二三度で、それほど強い魔物は出た試しがなく、いざ事が起こっても一般の人々は避難もせず遠巻きに見物するくらいには慣れている。

世界の宿敵に怯える空気とは無縁で、基本的に至って平和である。


それでも、魔王に挑もうとする者達が支度を整えたり景気付けに飲み騒いだりするために、世界の命運をかけた戦いの空気を僅かながらに感じられた。
ほんの少し。なんだか頑張ってるんだなー、というくらいには。
ただ戦士の数以上に、のんきな観光客が多かった。
自ずと空気はそっち寄りに賑やかに。


ただまあ、仕方がないと言わざるをえない。
大きな港があって物資の流通は盛んだわ、温泉はぽこぽこ涌くわで人を呼ぶ要素がいくらでもある上に“魔王の城に最も近い街”という奇妙な文句の一つもつけば、そのインパクトは増しに増した。

少し難点を挙げるとすれば、寒冷な気候のために一年の半分くらいは厚手のコートが手離せない。
冬場は凍死しかねない寒さを誇るが、その分雪景色やスキーといったものを売りにして観光客を呼び込んでいる。
毎年開催される雪像コンテストも目玉の一つだ。
大小様々な雪像を一定期間中、他人の私有地以外ならどこに作っても構わない。年も出身も種族すら問わず参加者を募るため、大々的な祭りとなる。
テーマが毎年『魔王』という倒錯っぷりなのに。

こうして年中何かしらイベントが行われ、海にも山にも面しているから食べ物も新鮮でうまいときた。
これで流行らない観光地なんて、あるはずがないだろう。

魔王が猛威を振るったのは今から数百年ほど前の話で、復活から少しが経過した頃からぴたりと活動を休止し、それから表舞台に姿を見せたことは一度もない。

今まで安全なのだからこれからも安全、という考えはいかがなものかと思われるが、アイルズベリィは危険と隣り合わせという、ちょっとしたスリルを味わえる地として有名であった。


街のあちこちに屋台が点在しており、魔王まんじゅうや魔王ペナント、伝説の剣(模擬刀)といった土産ものが売られている。

試しに魔王まんじゅうを一つ買ってみた。
仰々しい名前とは裏腹に、皮と中の具をイカ墨で黒くしただけのまんじゅうだった。
具は豚肉とニラ、イカなどで濃いめの味つけ。イカ墨の風味が憎い。
そして一つ一ルドという安値でも、これほどうまくて名物可して飛ぶように売れていれば、原材料費や屋台出店料などをさっ引いても、かなりの儲けが出ることは明らかだった。
原価は多く見積もっても六十ネイ(百ネイで一ルド)か。憎い。


訪れる目的が魔王退治か観光かの二択であるような奇妙な街の片隅で、まんじゅうを片手に徘徊する、特徴のない娘がいた。
地味な茶色いコートをサイズが合わないのか裾を引きずるようにして羽織り、人混みに溶け込んでいる通行人その一。

しいて目立つ点を挙げるのなら、どんよりと濁った青鈍色の瞳くらい。他はこれといって平均的な要素ばかりだ。
剣呑な眼差しで、ねめつけるようにして観光客の動向を探っている。
見るからにお上りさんだというのに、カモにしようと企む輩が近寄らないのは、あまりに鋭い眼光のせいだろう。
不機嫌の極みにたどり着いた、問答無用の不審者。


「憎いけど……温かいし、おいしいなあ」

そんなことを呟き、残りをがつがつと豪快に平らげて、ふうと白い息を吐き出した。


トアだった。
生まれ故郷を後にしてから半月後の。
機嫌悪そうな顔をしておきながら、雰囲気だけは満足げだ。
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