魔王のおやど

□第五話
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「何でこんな所で宿屋なんか……」

私のたった一人の身内だった姉さんの仇を討つために、戦士の皆さんのお力になれればいいと思いまして……。
姉さんは魔物に殺されたんです……。

「でも、危ないだろう……?」

大丈夫です。姉さんは腕利きの魔法使いでした。その技術を使って、結界を張っていますから。

「食べ物とかはどうやって……」

姉さんの残した移動魔法を使って。あ、門外不出ですからお教えすることはできません。

「辛く…………ないのか?」

平気です。戦士の方々のお力になることが、もう私の生き甲斐なんです。

「女将さん……」

ですから、準備を万端に魔王城に臨んで下さいね。
皆さんのお役に立つ道具を売り、お食事を振る舞うことで私は魔物に……魔王に復讐できるんですから。

「くっ…………こ、この薬草セット……買ったああああ!!」

お買い上げありがとうございます♪
あ、相場より少しお高いのは宿屋の維持費とかが含まれてるからですよ♪



「今回は、まずまず、だったな」

トアの正面に腰掛けたワイザーは、書類に目を落としながら呟いた。
昨日の朝早くに出立した戦士達は、魔王の三柱に挑むところまで行ったようで、確かに“まずまず”の結果となった。
適度に買い物もしてくれたし、トアにとっても好ましいお客だった。
まあ、道具等を売った収益は全て納めることになっているし、まずまずでしかなかった彼らは目の前のワイザーによって有無を言わさず瞬殺されたらしいが。

「それなら、倒さずアーさんのとこまで進ませてあげれば良かったんじゃ」
「ふっ……人間などに、手加減する、義理はない」
「カッコよく言っても、やっぱりそれって本末転倒な気がしますよ?」
「気に、するな」

はいはい、と最後は投げるトアだった。

出会った頃は目が会うだけで怯えたものだが、ここ二ヶ月ほどの付き合いを経て普通にツッコミを入れる程度には魔王な彼に慣れてしまっていた。
相変わらずの仏頂面をしたワイザーに、本音をぶつけることも躊躇しない。
今でも睨まれると少し怯んでしまうが、もう怖い人だとは全く思わなくなっていた。


今日は報告の日だ。
戦士達が宿を出て城に挑んだ次の日は、ワイザーが来て成果を確認する決まりとなっている。
この宿兼道具屋があることにより、戦士達がどれだけコンディションを整えることができたかを分析したり、売れ筋から道具の需要を見たり、備品で足りないものはないか等。
計画の責任者たる彼に一対一で報告をすることに、トアは当初極度の恐怖を味わっていた。
それこそ胃薬を大量に服用し、逆に気分が悪くなって寝込んでしまうくらいには、この二人きりの報告の時間が堪らなく嫌だった。
しかし、今となっては重要な話し合いをしているといった空気はなく、むしろ気心の知れた友人同士の茶会といった和やかな雰囲気だった。
お陰でトアもお茶をすすり、のんびりと構えていられた。

「あ、そろそろ食べ終わりますね。もう一杯ありますけど」
「……頼む」
「はーい」

そう言って、トアは席を外す。
しばらくワイザーは一人きり黙々と、話し合いが始まる直前、トアに差し出されたものを口に運び続けている。
ざくざくと、スプーンでそれを削る音が一定のリズムを刻み、まるで時計の代わりのよう。
いつものように仏頂面のワイザーだが、眉根の皺はいつもより少し減り、その音が刻まれるにつれて、彼の表情は穏やかさを増していった。

「はい、どーぞ」

どこからか戻ってきたトアは、抱えた銀のボウルを彼の隣にでんと置く。
腕をめいいっぱいに回して、やっと彼女が抱えられるほど大きいボウルだった。
ワイザーはそれを横目で見やり、黙って目で礼を言う。
一杯目のボウルがもう少しで空になるから、その片付けで忙しいらしい。
トアも適当に頭を下げて返すと、後は自分の席に戻り、美味そうに食べ続けるワイザーを見つめる。お腹壊さないのかなー、と人外に妙な心配をしながら。


ワイザーがさっきから延々と削り、口に運び続けているもの。それは何ら変哲のない、バニラのアイスクリームだった。
物は普通だが、かれこれ半時間くらいでボウル一杯分を消費する辺り、ワイザーの執着は尋常なものではない。
一応彼はトアの書いた報告書に目を通してはいるものの、どちらに集中しているかなど一目瞭然だった。
アイスが詰まったボウルを抱え、溶けないようにと弱い冷却魔法をかけながら、という配慮まで見せている。

厨房には氷を作る棚があり、それを応用してトアが作り置きしているものだった。
大量に作らなければならないため、材料と根気が足りず常備しているのはバニラ一色だけ。
食べる本人は、甘いものの中でも特にバニラアイスが好物らしく種類の乏しさには全く頓着しないので、トアに別の種類を作ってみようなどというチャレンジ精神が生まれるはずもない。
だって今冬だし。寒いし。

頭に巨大な角を生やした魔王のような男性が、幸せそうに大量のアイスを消費している。
シュールでしかないこの光景にも、トアはすっかり慣れていた。


『ワイザーさんとスムーズに会話ができるくらいには仲良くなりたい!』と胃を痛めたトアが泣きついた時、『じゃあアイスなどの甘い物を与えてみては?』と引き気味で入れ知恵したのは某魔王。
半信半疑でアイスやケーキなどを作り、報告の際にお茶受けとして彼に出したところ文句も言わず黙々と平らげた時はさすがに驚いたが、今ではこうして来る度大量に振舞っている次第である。
お陰でワイザーの中では、トアは『妙な人間の小娘』から『菓子アイスその他を作る小娘』へとジョブチェンジを果たしたよう。
最近では何かと理由をつけて宿を訪ね、厨房を漁ったりトアと菓子を作ったりして過ごすことが多くなってきた。
それがアルハインと同じくらいの頻度なので、これで慣れないほうがおかしかった。
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