魔王のおやど

□第七話
1ページ/7ページ

その夜、トアは不思議な夢を見た。


「……せん、すみません」

コツコツと、部屋の窓を叩く音がする。
そして数時間前に帰ったはずのアルハインの妙に落ち着いた声。
寝ぼけ眼をこすりながら、トアは寝転んだままそれらを聞いた。

「大事な話があります。開けて頂けませんか?」
「……明日でいいよぉ」
「いえ今夜でなければいけません」

何これ夜這い?
半分以上眠った頭でそう思いつき、そんなわけないかと即座に否定する。
大体あの魔王が礼儀正しく窓をノックするなんて、ありえない。
入りたければ勝手に不法侵入して、今ごろトアにこっぴどく怒られているはずだ。
なんだかこのアルハインはフリーダムさに欠けている。
というわけで、これは夢だった。

「夢にまで出てきてくれて嬉しいけど、やっぱり眠いから寝るねー……」

おやすみーと呟いて、後はもう夢の中で夢に落ちる。

「すー……」
「ちょ!お願いですから開けて下さいませ!そろそろ日が!日がああ!!」



そして次の日朝。

「…………何、この嫌がらせ」

朝起きて部屋の窓を開けると、凄い物が不法投棄されていた。
爽やかな朝に相応しくないそれを確認して、そっと窓を閉じる。
深呼吸を挟み、ゆっくり開くと――見間違いなどではなく、やっぱりそれが我が物顔で転がっていた。
朝の爽やかな日差しに照らされ、鈍く輝く黒塗りの箱。
大人一人余裕で収納できそうな、大きく立派な棺。

じーっと、トアはこの不条理の塊を観察してみる。近づくのは何だか怖いので、部屋の中から。
ここに来てから色々と驚かされることばかりだが、今回ばかりは意味が分からなさ過ぎた。
魔王の住まう土地だからといって、いくらなんでも棺桶が降ったり湧いたりといった妙な不思議は起こらないはず。
ましてや、人による不法投棄でもないだろう。長旅のお供に棺桶はちょっと縁起が悪すぎる。くたばる気満々だ。

「うーむ、人間は昨日今日この周辺には見当たらないのだが」
「じゃあ魔物の人ですかねえ……ってシャロンさん!?」

いつの間にやら隣には、腕組み棺を凝視するシャロンの姿があった。
彼女は魔物の統率の他、城周辺を毎日朝と夜に一度見回るという役目も課せられているらしい。
連絡事項などある場合、そのついでに立ち寄ってくれるのだが、今回は興味本位の訪問のよう。
氷のように冷たい無表情は健在だが、瞳はどこか楽しげに輝いていた。
獲物を見つけ、今まさに狩り取らんとする獣じみた熱い眼差し。それが自分に向いているわけでもないのに、トアはうっすら寒気を覚えた。
シャロンのことは嫌いではない。アルハインとかなり親しげで妬いてしまう部分も確かにあるが、色々気に掛けてくれて、むしろいい人だとは思う。
しかし、たまに怖い。
なんだか付き合う上で、致命的な気がする。


構えた鞭で棺桶を指し示し、シャロンは意気揚々と宣言する。

「とりあえず開けてみようと思うのだが」
「え?!やめましょうよ!なんだか怪しすぎますよ!」
「女将は慎重だな。ならば」

うむ、と頷くシャロン。
何やら訳知り顔で鞭を腰に収め、代わりに取り出したのは──朝日を受けて煌めく短剣。
刃先に向かって湾曲しており、『突き刺す』というよりも、『削ぐ』とか『抉る』のに適した造形だった。
恍惚の表情は元が整っているだけに艶っぽくて絵になるが、やはり手にする物が物だけに、ただの不審者でしかない。

「死体だろうが生き物だろうが、これで棺ごと二三ぶすりとやれば……」
「どのみち中身があった場合、血生臭いことになるんでやめて下さい。朝からそれは嫌です」
「む、昼なら良いのか?」
「いやいやいや、何で破損が前提なんですか。普通に置いた人を探して突き返しましょうよ」

首を振り、妥当なツッコミを放つトア。
根はいい人なんだけどなあ……、と胸中でこっそり呟くことも忘れない。
今度こそシャロンも直接行使を諦めたようで、しぶしぶ剣を片付ける。
入手したばかりだというのに……という残念そうなぼやきは、この際聞こえなかったことにした。


「しかし探すと言っても、手がかりが少なすぎる。昨夜私が見回った時には無かった故、深夜から早朝にかけて捨てられたのだろうが……」
「あ」

その時になって、やっとトアは昨夜見た夢を思い出した。
いつもと少し様子がおかしい、アルハインの夢。もしあれが夢でないとすると……十中八九、犯人は彼だ。
動機などは全く予想もつかないが、彼がやったのだと思えば納得はできた。
確証はないが、と断りを入れてトアがその訪問について喋ると、シャロンの瞳は見る見るうちに冷めていった。

「では、すぐにあの方を引き摺って来よう」

『また面倒ごとを起こしやがってあの馬鹿魔王は』といった殺気の篭った彼女の声色。
証言をしてしまった手前悪いと思ったのか、トアはおずおずと弁護に入る。

「いやでも、まだ決まったわけじゃあ……」
「人はこの辺りにいない。城の魔物は特に用がない場合、この宿には近付かない。となれば容疑者は私達三柱、または魔王となる。そして消去法でいくと」
「はい……アーさんですね。消去法でいくと」
「ああ、消去法は便利だな」

論理的かどうかはさておき、案外議論はすんなり終結した。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ