魔王のおやど

□第八話
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日光に耐性がついた先日から、規則正しく健康的に朝日が登る頃に目が覚める。

カーテンの隙間から差し込む朝日が、静かな部屋に染み渡る。
とりたてて特徴の無い、宿の一室。簡素なベッドに横たわるのは、お伽噺からそのまま出てきたかのような眠り姫……ではなく、吸血鬼。
繊細な顔立ちに、長いまつげが艶っぽく陰影を落とし、ベッドに広がる自慢の金髪には、少し癖がついていた。
誰が見ても文句無しの、絶世の美少女──マリアはゆっくりと身を起こす。
とはいえ気力はがないらしく、覚醒するまでにはまだ相当な時間が掛かりそう。
朝日を浴びながら、とろんとした目をこすりこすり。小さくあくび。そうしてぼんやり隣のベッドへと視線をやった。
案の定、隣人は今も夢の中だった。
寝落ちする直前まで洗いざらい思いのたけを喋らせたので、彼と不自然にいちゃいちゃしている夢でも見ているのだろう。
その証拠に、極上に幸せそうな寝顔を浮かべている。いっそもう、このまま覚めない方が本人のためかもしれない。

(つくづく哀れですわね……)

そっと溜め息をつくマリアだった。



吸血鬼は齢を重ね力をつけていくにつれ、日光などの弱点に対する耐性がつく種族である。
実際、マリアの両親は二人とも、二百年の長きを生きた名のある吸血鬼だ。日の光は勿論のこと、ニンニクや十字架を突きつけられても、平気な顔をしていられる。
そんな両親だからこそ、人間の振りして店を切り盛りしていけるのだが、マリアは違う。
まだ年若い吸血鬼である彼女には、人としての生活を送るのは、少々困難なものだった。
外に配達に行くことは愚か、両親が働いている間に家の仕事をすることもできない。
せいぜい日が沈むまで部屋に篭り、たまに魔王城から注文が入った際、夜の内に配達を済ませるくらいしか、彼女の仕事は無かったのだった。
そんな彼女に両親は無理をせず、元の住居である魔王城にいればいいと言ってくれたが、家族と一緒に何かをすることはとても楽しかったし、同時にやりがいも感じていた。例えあまり力になれないでも、だ。

そんな中、無理を承知で自分を売り込みにやってきた、労力以上の結果がこれだった。
ずっと怯え暮らしていた太陽が、すっかり無害なものとなってしまった。
日光以外の弱点はまだ克服できていないものの、それでも大きな進歩だった。

しかしどうしても本能的な恐怖心が拭えず、未だに一人で日中出歩く勇気が湧かないままでいた。部屋の中でカーテンを開けるくらいは、やっと出来るようになれたところ。
そのため、本日はリハビリがてら買い物に出かける予定だ。
宿に客が来た場合、ボディーガードをすること以外、ほぼ以前と同じ生活を続けているとトアに打ち明けると、一緒に行こうと誘われたため。
『健康に悪い!』と吸血鬼相手に叱るトアに滑稽さを感じはしたが、それ以上の温かさを感じたのも、また確かだった。

こちらに来て得たものは、臨時の働き口と能力と、良い友人兼妹。
本当に、十分すぎるくらいの成果だった。



「お早う」
「あ……はい、お早うございます」
「お前の分の朝食が出来ている。食え」

身支度を整え一人食堂に下りると、やはりワイザーが憮然とした顔で座っていた。
最近ではシャロンの分も朝食を用意するようになり、ほぼ厨房の主と化しつつある彼。
今日も例に漏れず、簡素ながらバランスの取れた食事を二人分用意してくれていた。
席に着き短く礼を言ってから、もそもそと食べ始めるマリア。それを見て、ワイザーは満足そうに頷いた。


こちらに来るようになって良かったことがもう一つ。
以前から顔見知りではあったものの、あまり内面を知る機会の無かった彼と、親しくなれたということ。

魔王の片腕であり、別世界の魔王後継者という重要人物の彼。
かねがねパイプを作るため親しくなりたいと思っていたのだが、あの強面と低い声だ。何を喋っても圧迫面接で、見下ろされるだけで萎縮した。
しかしこちらに来るようになってから意外な一面を知ることが出来て、一気に距離が縮んだ次第。
まだ会話はぎこちないが、これからもっと親睦を深め……店の売り上げに貢献できれば御の字だ。この人妙に金遣いが荒いから。


「……あいつは、まだ寝ているのか」

突然、ワイザーがそう切り出した。
食事の手を止めるマリア。彼が『あいつ』と言えば、それは一人にしか当てはまらない。

「はい。よく眠っていましたから、起こしませんでした」
「そうか……まあ、時間を見て私が起こしに行こう」
「ふふ……ワイザー様、本当にトアさんを気にかけていらっしゃいますのね」
「ああ。あいつも苦労しているからな」

言葉を切り、ワイザーは苦々しく笑う。
マリアもトアの生い立ちについて、おおよそのことは聞いていた。
そんな彼女を溺愛する彼の姿に、当初は軽い驚きを覚えたが、そのお陰で親しみを感じることが出来た。


マリアが相槌を打つと、ワイザーはゆっくりと言葉を続ける。

「私は故郷でも年若い方でな。兄や姉はいるのだが、下の兄弟というのは中々いないのだ」
「……そうですの」
「だから、妹みたいなものだ。アルハインに関しても、応援してやろうと思っている。……正直止めたいところだがな」
「ワイザー様……」
「だから」

そこで一旦言葉を切り、どこからともなく何かを取り出し机にでん、と置いて。

「一服盛ってやろうと思い、作って来た」
「先ほどのいい話からどうすれば毒殺に繋がりますの?!」


彼が取り出したのは、小瓶だった。
ただし中身は毒々しい緑色をした液体で、どういう仕組みか気泡がぽこぽこ生まれては消えている。
見るからに怪しく、この少量で恐らく致死量。
しかしワイザーは尤もなツッコミをものともせず、小瓶を弄んでいる。

「案ずるな。毒ではないし、無味無臭だ。効果が出るまで、まずばれることはないだろう」
「効果って……何ですの?」
「ふっ…………聞いて驚くなよ」

人差し指をびしっと突きつけて、何やら自慢げな笑みを浮かべる彼。
いつもよりハイな彼をいぶかしみ、よくよく顔を見てみれば目の下には濃い隈が刻まれていた。
そうか徹夜のテンションか。一人納得するマリア。
可哀想なものを見るマリアの目に気付かぬまま、ワイザーは何拍も溜めて一言。


「ツンデレが、単なるデレになる」
「……はあ?」
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