魔王のおやど

□第九話
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全くもって、誰一人として予想していない展開だった。
その日は久々に正規の客が来る、しかも三人組が。と聞いて朝早くからトアとマリアは掃除などの雑務を済ませていた。
これでもう後は到着を待つばかり。と万全の状態になったその時、丁度図ったように玄関の呼び鈴が鳴り響いて。

「はーい。いらっしゃいま」
「……トア!? 何やってんだお前こんな所で!!」
「あ、あ、アックス?!」

トアの頭に乗っかった、蝙蝠状態のマリアが小首を傾げて、不毛な事件のゴングが鳴った。



それからきっちり五日後のことだ。
アルハイン他から呼び出しを食らったマリアは、案外遅かったですわねー、などと呑気な感想を抱きながら、魔王城へと赴いた。
名目は状況報告というものではあったが、どうせもっと単純な話だ。おまけにマリア自身に全く落ち度が無いために、心は穏やか極まりない。その上簡単な説明は一昨日送った報告書に書いていて、話が難航する心配もない。
因みにトアからは二三伝言を頼まれているが、その話の展開次第で封印するつもりである。
何しろ通された会議室と思しき部屋には、いきなり暗くて重い空気が立ち込めていた。厳選した障気だか殺気だかを、じっくりことこと煮詰めたような、酷い濃度。
まあ、大体は魔王城の最高幹部と魔王が会し策する場として使用されるはずなので、元来あるべき空気と言えなくもない。

大きな円卓を挟み、入口から最も奥の席にアルハイン。その隣にワイザー。広い広い会議室には、そのたった二人だけ。
シャロンは元々多忙な人だし、パラケススに至っては単純に興味が薄いため出て来ないだろうという予想は見事に的中した。
そう。ほとんどの関係者にとって、今回の一件は確かに予想外ではあるものの、取り立てて騒ぐようなものではない。
今のところ何ら業務に差し支えがなく、高々まだ五日と鷹揚に構えて流しても、問題がないようなその程度。
だというのに、アルハインは机の上で指を組み、頭を垂れて動かない。ワイザーに至っては、腕組み舌打ち虚空を睥睨三拍子。普段から不機嫌そうな面構えをしているが、今はもう鬼……いや、魔王の形相。本領発揮。

(こちらは反応が予想通りですわねえ)

こっそりと、二人に分からないように小さくため息をついてから、入口近くの椅子に腰を下ろすマリアだった。
それと同時に、ワイザーが重い口を開く。

「呼ばれた理由は……分かっているな?」

平時よりも二音階ほど落とされた声。
ただしその原因が原因のため、事情を知るマリアにとっては、ふてぶてしい猫のように可愛い鳴き声でしかない。撫でようなんて決して思わないけれど。だって引っ掻かれそうだから。

「もちろん、分かっておりますわ」
「ならば聞こう。あの人間共は……何なんだ?!」

ダン!
鬱憤をぶつけるべく、言葉と共に机を殴るワイザーだった。
マリアはそれを涼しい顔で眺めていたが、それで彼の激昂が冷めるはずもなく。

「何をしに来たんだ奴らは!」
「もちろん、魔王を倒すために遠路はるばるやって来たのだと思いますわよ」
「ならば早急にやって来い! 奴らが宿に居つき、今日でもう五日だぞ五日!!」
「だから、先日の手紙で書いた通りですわ。お客様の一人がトアさんの古いお知り合いで、思い出話他に花が咲いているだけだと」

肩を竦めて、マリアは何でもないことのように言い放つ。
実際その程度のこと。まあ、強いて問題を挙げるとすれば、その知り合いが性別雄の、トアと年が近い人間で……。
と、ぼんやりここ数日の疲れの元に思いを馳せていると、ワイザーが勢いよく、椅子を倒して立ち上がった。

「ああそれだけだろうとも! 積もる話もあるだろう! あいつもあいつで、顔見知りと久々に会えて、さぞや嬉しいことだろう! だがな!!」

ダァアびしンッッッ!!!!

「五日も私があいつで遊べんのは、途方もなく気に食わん!!」
「そうでしょうねえ。それよりあの、机にヒビが」
「知るか!!」

妹と遊んでもらえない可哀想なワイザーは、そのまま机を殴り続ける。その度ヒビはクモの巣のように細かく広く増えていった。いっそ破壊して下されば、うちに注文が入るのかしらとはマリアの胸中。

遊べないついでに彼。宿の食堂が使えないために、シャロンに朝食を出すことも出来なかったりする。
魔王城の厨房を使えばいいものだが、城にいる魔物達の間で噂になっては堪らないと、客が来ている間は我慢するのが常だ。
しかし堪え性のない彼である。流石に五日は限界だったようで、こめかみに青筋すら浮かべて、好き勝手に喚き散らしている。
欲望に忠実なのは魔王(予定)だからか、それともただ単に我が儘なだけか。
果てしなく、どちらでも良かった。面倒くさい事に変わりはない。

それに比べて……と、マリアはアルハインへと、ちらりと視線を投げてみる。
いつも鬱陶しいはずの彼なのに、今日はまだ一言も発していないだけでなく、ワイザーの錯乱っぷりを前にしても微動だにもしていない。
やはり最高権力者はいざという時、こうあるべきですわよねー、と珍しく感心しかけたその時。


「……せん……許せません……!」
「はい?」


だんめりばきぼき。


「崇拝し全力で構わなければならない我輩を放置して一人遊んでいやがるなんて、生意気にも程があります!!」
「ああそうだ! あいつだけ愉快な思いをしているのは許せん! 私にも分けるのが筋だろう!!」
「やりますかワイザー!」
「やるかアルハイン!!」

がしっ、と固い握手を交わす二人。
いつもは嫌味を飛ばし合う仲だが、こんな時は綺麗に団結を見せるという事実が判明してマリア。


「……お疲れ様ですわ」

とりあえず、役目を強制終了させられた元机の木材に、労いの一言をかけた。
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