魔王のおやど

□第十話
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「ワイザーさん、ワイザーさん」
「む」

いつもの四人で和やかに、暇を持て余していた昼下がりのことだった。
トアが何かを思い出したように席を立って、しばらくしてからにこにこと、意味深な笑みを浮かべて戻ってきた。
そうしてワイザーの隣に立ってみる。

「何だ、それは」
「うふふー。何でしょうねえ」

トアの抱える小さな壺を指差して、もっともな質問を投げてみるワイザー。しかしトアは無邪気に笑うだけ。
一瞬僅かに眉を寄せるワイザーだったが、それもまあいいかと思えたらしく、自然と元以上に緩んでしまった。
アルハインはそれを見、若干苛立ち小さく舌打ち。何故だかマリアは訳知り顔。
各々態度は異なるも、この二人は静観を決めたようだった。

「ワイザーさん、小銭は持っていますか?」
「ああ」

右手を握りゆっくり広げると、一枚の硬貨が現れた。一瞬ひきつるトアの笑顔。
貨幣偽造はれっきとした重犯罪である。しかし城にあった物をここに移動させただけならば、なんの問題もないはず。根拠は極めて薄いのだが。
結局見なかったふりをして、笑顔で壺を差し出すトアだった。

「じゃあ、それを入れてみて下さい」
「分かった分かった」

言われるままに、硬貨を壺に入れてみる。
ちゃりん、と軽くて澄んだ音が鳴って、トアが一層にっこり微笑んで。

「ありがとう! お兄ちゃん!」
「は……は?」
「一回小銭を入れる毎に、私がお望みの台詞を喋りますよ! 因みに今のはデフォルト設定です! ご要望には極力お答えしますから何なりとお申し付けくださいねお・に・い・ちゃ・ん! あ、因みに今のは初回のみのサービスですので、是非とも味を占めて頂けると嬉しいです!」

と、壺を振り振り、得意げに言い放つトアだった。
ワイザーは呆れているのか感動しているのか、全く定かでない無表情で凍りついてしまう。
次の小銭を要求するトアに対しても無反応。あまりに動きがないために、つついて反応を促すトアだった。
その行動はあからさまにいちゃついてるようにしか見えず、ずっと放置されていたアルハインが口を挟む切っ掛けとなる。

「……それほど金に困っていやがるのですか」

心底切なそうな苦笑を浮かべ、アルハインは呟いた。
いかがわしい副業に手を染められて雇い主としては複雑なのか、はたまた自分にも小銭を入れさせろといった、至極残念な願望なのか。
そんな煮え切らない彼に、トアは気恥ずかしそうにはにかみながら。

「欲しいものがあるんだけど……お給料はもうちょっとで借金完済額だから、手を付けたくないんだよね」
「で……そんな商売を思い付いたと」
「いえ、私が入れ知恵致しましたのよ!」

何故か自信満々にマリア。
それを受け、アルハインがほっと胸を撫で下ろす。

「ああ…………良かった」
「何が?」

そんなほのぼのとした外野の会話を聞く内に、ワイザーの金縛りは解けたらしい。
渋い顔には気疲れが滲み出ており、この数分で一気に老けこんだよう。
彼はちょいちょいと隣を指差しトアを座らせると、憮然とした重い声音でじっくりと責め立て始める。

「……下らんことをするな。お前は私を何だと思っているんだ」

一般人なら一言も発せそうにないプレッシャーをひしひしとその身に受けながらも、トアは口を尖らせふくれる度胸を見せる。

「えー……引っかかってくれないんですか?」
「下らん。実に下らん。何故私は一々お前に媚びて貰うため、小銭を出さねばならんのだ」

下らん下らん、と自身に言い聞かせるように呟き続け。
そしてトアの肩に手をぽんと置いて、真剣な面持ちで一言。

「生涯契約をするならば、幾らになる」
「何かこわいから……いいです」
「いいから欲しい物を言え。豪邸だろうが国だろうがこの世界だろうが、必ず用意してやるから」
「う……わあああん!!」

結局鬼の形相で迫るワイザーの手をはねのけ椅子を蹴倒し、全力で逃げてしまったトアだった。
そのまま、捕食せんばかりのワイザーの眼光から逃れるようにして、アルハインの背に隠れてしまう。
がくがくぶるぶると震えるトア。盾とはいえ頼りにされている実感で、僅かに頬が緩むアルハインだった。
幸せににへら、とした表情のまま、くるりと後ろを振り返る。

「何が欲しいんですか?」
「あ、あのね、街でおっきな犬のぬいぐるみを見つけたの! 可愛くてね、もっふもふなんだ!」

こーんなにおっきいの!と身振り手振りでお望みの品を表現するトア。
どうやら小柄な彼女が抱え切れるかきれないかといった、かなりの大きさのよう。
しかしそんな事実よりもきゃいきゃいとはしゃぐトアが微笑ましくて、アルハインは一層目を細める。

「でも、お高いのですよね」
「うん…………」

ただ、マリアの一言でそのテンションは容易く鎮圧されてしまった。
本気でしょげてしまった所を見るに、心の底から望む物なのだろう。
これはきっと、手に入った時には先ほどとは比べようもない、素晴らしい反応を見せてくれるに違いない。
つまり、言うべきこととやるべきことは、もう完全に決まっていた。
アルハインは先程のワイザーのように、しかしあくまでも欲を包み隠して、トアの肩にぽんと手を置いて。

「じゃあ、我輩がプレゼントしてやるということで」
「待て」

爽やか過ぎる完璧な台詞は、苛立ちの籠ったワイザーによって遮られた。
腰を下ろしたまま、じろりと彼を睨む自称兄。

「今のは紛れもなく、私をカモにしようという流れだっただろう。つまり、最終的にカモられるのは私で決まっている」
「生理的に受け付けないと、貴様は先程カモの座を奪われたはずでしょうに」
「はっ。貢物を拒絶されようと構うものか。無理やり何体も押しつけてくれるわ!」
「甘いですね。我輩なら店ごと買い占めてやりますよ! たまには下僕にささやかな褒美が必要ですからね!!」

売り言葉に買い言葉。もちろん売買を重ねる毎に、言葉の値段は膨れ上がる。
つまり不毛な口喧嘩を始めてしまう二人であった。

「なんか……ごめんね」
「いえ、言い出したのは私ですし……私、この方たちをまだよく分かっていなかったようですわ」
「マリアちゃんは悪くないよ……」

と、トアとマリアはそれを隅でげんなり聞いていた。
しばらく実りの無い応酬が繰り返されたものの、結局決着がつくことはなかった。
両者声を荒げて戦ったため、今ではぜえぜえと肩で息するふがいなさ。
その平行線の中心に位置するトアとしては、実に情けない光景だった。

「うう……ワイザーさん、アーさん、もういいよー……ごめんなさいしますから……」

トアは引き気味で停戦を呼び掛けてみるが、二人は全く歩み寄る気配を見せない。
それどころか、何故かワイザーに一瞥をもらい、にやりと怪しく笑って見せられる始末であった。
迷惑な、面倒な予感に身構えるトア。しかしワイザーは目を瞑り人差し指を額に当てて、何やら尤もらしい思案顔を形作る。

「よし……そんなに毛玉が良いと言うのなら」
「毛玉って言わないで下さい。ぬいぐるみです。わんちゃんですよ」

冷めたツッコミをも聞き流し、ワイザーはどこ吹く風でそのまましばらく固まって。

「…………貸出の許可が出た」
「はい?」
「まさか貴様」

一言だけ呟いて、気軽に指を鳴らした。
同時に背後で落下音。

「あだあっ?!」

それと悲鳴。
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