魔王のおやど

□第十三話
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数は五。全て男。歳は二十代から三十代。
得物はそれぞれ両手剣やサーベル等。使い込まれ曇った色合いをしたそれらは、彼らが如何なる戦歴を経た猛者であるかを示していた。
彼らの容貌はまさしく荒くれと言う他ないものだった。手段を選ばない金儲け、酒、また女を好むといった、典型的で分かりやすいタイプのそれである。
長旅の疲れと様々な鬱憤は顕著に降り積もり、冗談混じりの物騒な会話もやや真実味を帯び始めていた。
半日、彼らの様子を監視した。その結果分かった事が以上である。そして彼らは日暮れ前までには、目的地のほんの手前まで到着することだろう。ならばどうする。決まっている。仕事だ。

「参りましょうか」

彼女は悠然と、固い一歩を踏み出した。



彼らは最初、何が起こったのか全く理解できなかった。

巨大な森を進んでいた時のことである。
森の中はむせ返るような土と緑の臭気が満ちており、昼間でも日光を遮り薄暗い。また地面は苔生し湿り気を帯びており、踏めばぐしょりと不快な音を立てた。そしてあちこちに生の気配が落ちているために、彼らは常に警戒を続けておらねばならかった。
森に入って今日で三日目である。最早彼らの顔には疲弊が色濃く滲んでおり、五人一様に足取りは覚束なく、言葉数は少ない。心身共にまともな健康状態にない事など明らかだった。
それでも彼らは森を進む。人一人が辛うじて通れるような細道をゆっくりと歩み続けた。持参した食料が尽き、薬が無くなり、そうして追い詰められてもなお、彼らの内の誰一人として引き返そうと言い出す者はいなかった。
彼らがアイルズベリィを出てからゆうに一月が経過していた。その間に彼らが踏破して来たのは森二つに山二つ。そして残る関門はこの森である。森を抜けたその先には、彼らの旅の目的地――魔王城が佇立しているはずであった。
この世に生きる者ならば、誰もがその名を知る存在。歴史に大きな爪痕を残す、人類の仇敵、魔王が住まう城である。彼らはそこを目指していた。それ故に帰還など選択の余地が無く、むしろ一歩一歩と北に近付くにつれて、彼らの瞳はギラギラと輝きを増していっていた。緊張と期待と、そして不安とが彼らの疲労を一時忘却の彼方へと追いやっていたのだ。
しかし実際のところ彼らの息の乱れは顕著となり、歩みは時を経るごとに鈍くなっていた。とうに口を利く気力など失せていて、聞こえてくるのは自分たちの足音と、森が生み出す怪音ばかり。木の葉の擦れる音、微かなせせらぎ、そして獣の吠え声等。それが余計に気を滅入らせていた。
あらゆる限界が頂点に達しようとしていた。
そんな折である。先頭を歩いていた一人がやおら立ち止まり、後方の四人を振り返り言う。

「おい……ちょっとばかり休まねえか」

それを機に四人は足を止め、顔を見合わせた。ありありとした戸惑いが四人の顔に表れるのを見て、先頭の男は粗野な笑みを浮かべてみせるのであった。

「目的の場所はじきに見えてくるはずだ。その前にバテてちゃ意味がねえだろ。どうやら川が近いみてぇだし、そこまで一旦出てみようぜ」

な、と男は水音のする方角を顎で示した。残りの四人はしばし無言を貫いていたが、結局反論も代替案も出なかったよう。四人とも力無く頷いた。男は満足げにそれらを見渡すると、前に向き直り先程示した方角へと足を進めるのであった。四人は男の背に従った。
四つ分の足音が続くことを耳をそばだて確認してから、男はほっと胸を撫で下ろす。

(全く……どいつもこいつもだらしがねえ)

男はこうした無茶な旅に慣れていたが、残る四人は特別そういうわけでもなかった。
彼らは男が街で集めた者達だった。場末の酒場などで適当なごろつき崩れに声を掛けてようやく揃えた、単なる寄せ集めの軍団だった。些か心許ない面子ではあったが、旅の目的が目的なだけに、ギルドに問い合わせたり酒場に張り紙を出したりといった真っ当な手段が取れなかったので、男は泣く泣く妥協する他なかったのである。
彼らの旅の目的は、魔王の討伐などという馬鹿げたものでは決してなかった。彼らは魔王城の近辺にあるという、宿を目指して旅をしていた。

この森を抜けた先には、白く不毛の大地が広がっている。空は年中泣いていて、モノクロの景色がどこまでも続き、その先、切り立った崖の上には巨大な魔王城。人どころか生き物は皆寄りつかず、魔物のみが闊歩する悪夢にも似た土地である。
しかしこの土地につい最近、宿屋が出来たというのである。魔王城に挑む旅人達のため、快適な寝床ばかりか薬や武器、あらゆる物を提供するその宿は、たった一人の少女が営んでいる。少女は街とその宿を自由に行き来することができるような、特別な術を使いこなし、また酔狂な商売に手を染める余裕がある程に莫大な財を有しているらしい。
実際、男はその宿を訪れたという冒険者から直接に話を聞いたことがある。とても暖かくもてなしてくれたと語るその口振りは世界の果ての魔境での思い出に些か似つかわしくはないものであり、男は最初話半分で耳を傾けていた。しかし話を聞く内小さな違和感は男の頭からすぐに消え去り、胸の内に残った物は燃える鮮やかな野心であった。

男は所謂、悪党であった。盗みだけではなく詐欺や殺しに至るまで、金になることならば何であろうと手を染めた。犯罪組織じみた集団を率いていた時期もあったのだが、次第に自身の顔が割れ様々な国で手配されるようになった。頃合いかと見切りをつけ、仲間の何人かを売り渡してか悠々と逃げ延びた。
その果てで流れ着いたのが、魔王城に最も近いとされているアイルズベリィという街だった。そこで聞かされた、魔王城に最も近い奇妙な宿屋の話である。男は思った。やはり自分は恵まれているのだと。
おかしな術を使うとはいえ、そこにいるのは単なる少女一人である。魔物が化けているのだという噂もあったが、それならば旅人を真っ当にもてなし、魔王を討たせるために送り出す理由がない。少女に手を出し、消された冒険者がいるという話も聞いたが、それはそれ。手際が悪かっただけの事だろう。まずもって、消された者がいるというその話は、一体どこの誰が伝え広めたと言うのだろう。まるで信憑性に乏しかった。
集めた情報を総合した結果。自分ならば、少女一人に後れを取ることなどあり得ない。男はそう断じてしまった。
金を奪うも良し、脅し不可思議な術のノウハウを吐かすも良し、殺す前に楽しむも良し。どうとでも利用できる。その宿はまさに宝の山と言えた。
なまじ、剣の腕には自信がある。現に彼はこの腕一つで血塗られた半生を築き上げたのだ。
それでも男は決して自分を過信しすぎることも、過剰に欲をたぎらせることもしなかった。入念に旅の計画を練り、四人を誘った。ある程度仕事が落ち着いた後で、勝利祝いとして飲ませる酒に毒を盛るつもりでいた。みすみす他人に儲けを寄越す理由などないのである。
四人は男の剣技と踏んできた場数の多さに、尊敬と畏怖を抱いていた。それは集団をまとめ上げる際には大いに役立ち、次第に四人は男を頭と呼ぶようにまでなっていた。それらを切り捨てることなど、男にとって息をするような自然であった。
男は腰に提げた愛剣の束を、何とは無しに撫でた。これまでの道中で斬ったものは獣のみである。多少の労力が要求されるとはいえ、魔物を斬るという希有な経験を少々期待してさえいた男にとっては物足りなかった。
そろそろまともな使い道をしてやらねばなあ、と男は思考を濁らせていった。
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