短編

□【魔王のおやど】クリスマスSS
1ページ/1ページ

【魔王のおやど】
08クリスマスSS



勢いよく宿の玄関が開けられたかと思えば、騒がしい足音は無遠慮にまっすぐ女将の部屋に向かい――

ばん!

力いっぱいドアを開けて叫んだ。

「愚民その一!我輩自ら褒美を授けましょう!」
「…………」

机に向かい帳簿をつけていたトアは突然の来客に、じとーっとした眼差しを送るだけ。
こいつが急に現れるのはいつものことだし、意味が分からないのもいつものことだ。
そんな訳で、後は無視して作業に戻った。
最近は全く客が無く、出費といえば宿の維持費とトアの生活費くらい。
なんかもう帳簿というより家計簿だ。専業主婦な感じ。

無視されたことに少し傷ついたらしいアルハイン。
貴公子然とした整った顔を歪ませ、怒られた子供のようにしゅんとする。
しずしずとトアの側まで歩み寄り、ご苦労様ですと声をかけてから彼女の肩を揉み始めた。母親の機嫌を取ろうと頑張る息子な感じ。

「えーっとですね、異国の習慣なんですが、その年いい子にしていた人には年の瀬にプレゼントを与えなければならないとか何とか」
「ふーん」
「何か欲しいものはありますかー?」
「うーん……」

ノートをぱたんと閉じて、腕組み考え込むトア。
欲しいものと言われてぱっと思い付くのは金目の物だが、そんなことを言った日には金銀財宝で自室が埋まる。
欲を出したらそれ以上に帰ってくること請け合いで、任せた日には何が起こるか分からない。
かと言って、気持ちだけ貰うと言っても引き下がらないだろうなあ。

悩むトアを急かすように、アルハインが横から顔を覗き込んでくる。
どんな人間も虜にしてしまいそうな、蕩けるように甘いマスクが近い。随分慣れたはずのトアでも、思わず目を反らしてしまうほど。

「世界の半分とかでも、我輩頑張りますよ」

ふふふ、とにこやかに言う天然魔王。
ははは、と乾いた笑いを上げるトア。
知らない内に世界の存亡がトアの双肩にかかっていた。
多分、貨幣経済の運命もついでに握ってしまっている。
手に汗握るとは正にこのことだ。


トアは観念したのか、おずおずと口を開いた。

「何でもいいの?」
「ええ。貴様が喜ぶなら何だって」
「じゃあねぇ……」

悩みトアが出した答え。
世界の宿敵に願うには、それはそれは可愛いものだった。


「魔王と今夜の晩餐を囲む権利かなあ」
「喜んで!」

 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ