短編

□【魔王のおやど】バレンタイン
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それは全くありきたりな日常会話で、最後の一言が無ければトアはすぐに忘れてしまったことだろう。


いつものように客のいない食堂で、一緒にお茶を楽しんでいた時のこと。
アルハインがカレンダーを見つめて、ぼんやりと呟いた。

「某国では、明後日国を上げてのお祭りが行われるんですよ。お世話になった人にお菓子を渡して回るとか」
「へー」
「あと、その日に手作りのお菓子を渡して愛を告白すれば、想いが叶うと信じられているようで」
「…………ふーん」


こうして、トアの明日の予定が決定したのだった。



「さー!張り切っていきましょうか!!」
「まずは説明しろ、詳細にだ」

次の日。トアは意気揚々とアイルズベリィにやって来ていた。
傍らに憮然としたワイザーを従えて。

前日の夜中に連絡を受けて、説明もそこそこにトアに付き合うことを承諾させられてしまっていた。
最近打ち解けたとはいえ、急な呼び出しに快く応じるほどの仲でもない。
事実、彼は通行人が目を合わせないようにと十分距離を取るほどに、苛立ちと殺気を垂れ流しにしていた。
ただでさえ鋭い目付きが更に凶悪になり、重くて痛い視線をトアに向けている。
しかし、それもテンションの上がったトアには全く通じないようで。


睨むワイザーをものともせず、訳知り顔で指振り語り始めるトア。

「ふっふっふー。明日は某国で、とあるお祭りが行われるらしいのです」
「それは聞いた」

ワイザーは面倒くさげに相づちを打つだけ。
そんなに嫌なら付き合わなくても良さそうなものだが、何やら考えがあるらしいトアに押し切られてこの様だ。
断りきらなかった自分に対しても苛立っている模様。
そんなワイザーとは対照的に、トアは瞳を輝かせ握りこぶしを振りかざし、さながら宣誓布告といった様子で。

「利用しない手はありません!そのための出撃です!」

ビシッと目の前の店舗を指差した。
それはクッキーなどの、簡単な菓子が売られる小さな菓子屋。
割りと安価で、そのわりに味はまあまあという庶民的な全国チェーンの店だった。
おおよそ戦地とは考えにくい場所を前に、ワイザーが更に冷めていく。
『アナトラード製菓店・アイルズベリィ支店』という看板を見つめたまま、眉間を押さえ、目を閉じ悩ましげな思案顔を作る。
影のある色気を醸し出してはいるものの、殺気で台無しな上トアには全く通用しない。

「話の流れからして……手作り、ではないのか?」
「まあまあ見ていて下さい。必要経費で落としたくなること間違いなしですよ」
「…………いいだろう」

ここまで来たなら仕方がない。
ワイザーは小さい呟いて、先陣切って店に入ったトアを追った。





そして次の日早朝。

「降臨しましたよー」

例に漏れず、アルハインがやって来た。
昨夜はワイザーがここに泊まったようで城に帰って来なかった。それを確かめるためにも、今日は早めに来ることにした。
不純異性交遊だったらどうしよう。とりあえず、そんな事態が判明したらワイザーを血祭りに上げてから叩き返そう。
でも仲良く二人揃ってテーブルに座って朝食を食べていたら、『あーん』とかやっていたら──本当にどうしよう。

(面白くない……)

そんなことを考えながら、少しドキドキと食堂に足を踏み入れた。


「うわ?!」

朝食を囲むどころか、仲良く向かい合う形で二人揃ってテーブルに突っ伏していた。
何故だかリボンで可愛らしく飾られた紙袋の山に埋もれ、アルハインの悲鳴にも微動だにしない。
ワイザーの安否はどうでもいいが、トアのことが心配だった。アルハインは急いで駆け寄り、弱く彼女をゆすってみる。

「トアさん、大丈夫ですか?」
「……う、うう」

良かった、なんとか生きてる。ほっとするアルハイン。
隣に腰掛け優しく背中をさすってやると、トアは気だるげに身を起こし伸びをして大きな欠伸を一つ。
寝ぼけ眼をこすりこすり、きょろきょろと辺りを見回して、そうしてやっとはっとする。

「も、もう朝?!」
「朝ですよ。それより我輩を差し置いて、二人で何を企てていたのですか?」

返答次第で以下略。そんな感じの笑顔を浮かべて、アルハインはトアに問いかける。
珍しく有無を言わせぬ強い口調に、トアは少し言葉に詰まる。しばらくごにょごにょと何事か呟いていたが、観念したのか小さな声で喋り始めて。

「……一緒にお菓子買って、皆に配ろうってことになって……」
「ああ!こないだのお祭の話ですね」

そういえば、食堂は甘い焼き菓子の匂いでいっぱいだ。テーブルの上の袋はその菓子というわけだ。
しかし二人がかりで夜通し袋詰めをしなければならないほどの量だろうか? せいぜい十数人分くらいだと言うのに。

「あのね、アーさんの分はね……これだよ」

小さな疑問を抱くアルハインに気付かぬまま、トアは山の中から一つ取り出し手渡した。
中を覗くアルハイン。それはやっぱり、何の変哲もないただのクッキーで。
断りを入れて他の袋も見てみるが、中身に変わりは無さそうだった。
妙にトアはそわそわしているし、ワイザーは死んだままだし。一体何があったんだろう。


しかしまあ、少し挙動不審かつ寝不足なだけでいつものトアに見えた。
一晩一緒だったはずなのに、変にワイザーを意識している素振りもないし。何もなかったのならそれに越したことはない。
そう結論付けアルハインはひとまず安堵する。
何はともあれ、自分の言葉を覚えていて、贈り物を用意してくれたことがとても嬉しかった。
ただ欲を言えば手作りが良かった。ほぼ毎日遊びに来て、ご飯もおやつも頻繁にご馳走になっているとはいえ。
この量を一度に作るのは大変だろうから、仕方がないけれど。


「言ってみるもんですね!誉めてつかわします!」
「あ……うー…………」

とりあえず今の喜びを、トアの頭を撫でに撫でることで表現してみた。
寝起きで梳いてもいない乱れた髪が、そのために更に無秩序な曲線を描きだす。
大抵は嫌そうに振り払われるのだが、今日は弱っているせいかトアは大人しくされるがままになっている。
お陰でますます気分が良くなった。何故か俯き固まるトアだったが、お構いなしだ。

「あ、あの……今食べてくれてもいいんだよ?」
「そうですか? じゃあ遠慮なく召し上がりましょうかね」

トアの言葉にぱっと手を離すアルハイン。
ちょっとだけ名残惜しそうに、それでもどこか嬉しそうに髪を直すトア。
袋に手を突っ込み、クッキーをちびちびと齧り堪能するアルハインを、何故か彼女は顔を赤らめながら見守っていた。
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