短編

□【魔王のおやど】死亡フラグなSS
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【魔王のおやど】SS


トアは気が重かった。

女将である以上接客は当然の義務だし、戦士達に気持ちよく魔王城の攻略にとりかかってもらうために必要な仕事だった。
彼らのやる気を上げて、笑顔で送り出し勝利を願う。おいしい食事を振る舞い、温かい寝床を用意し、心身共に好調なままで戦いに送り出す。
心の中では、アルハイン達が負けるはずがないと確信していたとしても。

いくら命を奪われるまではいかないとはいえ、幾人もの戦士に膝を付かせた魔王城に挑むのだ。
どんな猛者でも、決して無傷では済まない。ある程度傷を治してやってから放逐するとはいえ、やっぱり痛いのは嫌だ。それが他人であっても。

トアは常に魔王の勝利を確信しながら彼らを鼓舞することに、多少の抵抗を感じていた。
だから、余計に気が重かった。


今回のパーティーは三人組だった。
一人は剣士、一人は武道家、一人は魔術師。
皆二十代から三十代の男性で、揃って訳ありらしく暗い表情を浮かべていた。

宿についてからも言葉少なく、彼らは一人で自室に篭ったり、一人で食堂でぼーっとしたり、一人で庭先に出て魔王城を眺めたり。
一応最終決戦に向けてミーティングらしきものはしているようだが、誰も身を入れてはいないよう。

こんな状態では、すぐにやられてしまうだろう。
しかし気の効いた励ましが思い浮かばない。
身寄りを無くし借金まみれという悲劇的ヒロインであるトアではあったが、まだ十七年しか生きていない年端のいかない小娘だ。
彼らの鎧や武器、そして身体に刻まれた傷の歴史の重みなど想像もつかない。
自分では励ましだと思う言葉でも、彼らにとって酷く無礼なものにならないとも限らない。

そんなわけで、無難な手段に出ることにした。


トアはまず一人目、剣士が篭る客室のドアをノックし、名乗る。
すぐに入室を促す声が聞こえた。やっぱり暗く沈んだ声。
ドアを開けると、ベッドの一つに腰掛け、疲れた笑顔を見せる剣士の男の姿。
見るからに意気消沈といった様子。これでよく、魔物蔓延るここまでの道中をクリアできたものだ。

「何かお悩みですか……?私でよければ、話を聞くくらいならできますよ」

トアは彼の隣に腰掛け、気後れしつつも切り出した。
力になることはできないかもしれないが、話相手くらいにはなれると踏んでの行動だった。
余計なお世話だと怒鳴られるかもしれない。そう思いもしたが、じっとしているわけにはいかなかった。
自分はこの宿を任されているのだ。できる限りの仕事をしなければ、破格の給料を受け取る資格はない。

「……嬢ちゃん」

真剣なトアの眼差しに、何か胸打たれるものがあったのか、剣士の男はふっと表情を緩める。
そして何かを決心したのか、懐から手のひら大の箱を出した。

「実はな……こいつを見てくれ」

受け取りそっと開くと、そこには小さな指輪。

「この指輪は?」
「俺、魔王を倒して国に帰れたら……恋人にプロポーズしようと思うんだ」
「ぶっ」

その台詞はヤバイ!色々ヤバイから!
トアは変な汗を流しながら耐えるだけ。間違っても、それは死亡フラグだから黙って下さいとは言えない。
黙るトアを放って、剣士は遠い目をしてまだ呟く。

「そうだ。帰ってきたら、また嬢ちゃんのメシが食いたいな。ウマイもん作って待っててくれよ」

死亡フラグの追い討ちだった。



「えっと、話なら聞きますよ」

食堂で一人、テーブルの木目を目で追っていた武道家に話しかけたトア。
あれから半時間ほど、死亡フラグ満載な一人語りを聞かされていた。負けると思うから余計に重い。
あらゆる意味で疲れたが、今度こそはもっとまともで死亡フラグじゃない話が聞けると信じて。
武道家も剣士と似たり寄ったりの反応。表情を和らげ、やっぱり何やら懐から取り出して──

「女将さんか……こいつを見てくれ。どう思う?」
「こ、この人形は」
「故郷に残した娘に最近構ってやれていなかったから、土産にと思ってな……。ああ、早く渡してやりてえなあ」
「ぶはっ」

重ね重ね死亡フラグかよ。




「な、何だって話を聞きます!言ってください!!」
「どうしたんだトアちゃん」

こうなったらもうヤケだ。庭に驀進すると、すぐに魔術師の男に詰め寄った。
何やら尋常ではない空気を感じ取り、男は頭をぼりぼり掻きながら、気恥ずかしそうに。

「実はね、もうすぐ子どもが生まれるんだ。僕はその子の顔を見れるのかなって、思ってね……」
「…………」


もう限界。




トアに喋りたいことを喋り、すっきりしたらしい三人組は、次の日憑き物が落ちた明るい顔でチェックアウトを済ませた。
反してトアは浮かない顔。何かもう面倒だからとっとと行って負けて来いとか、そんな感じだった。男達は浮かれていて気付かなかったが。

見送ってから、トアは自室に駆け込み、鬱憤を晴らすべく叫ぶ。


「世界はいいから自分の家庭を守らんかーーーーっ!!」



その後、三人は魔王城に敗れ去る。三柱に破れ、意識を失った彼らが次に気付いた時には何故か故郷で倒れていた。そのまま各々を待つ人の元へと帰っていったらしい。


「とりあえずさ、どっか目立つところに“死亡フラグ禁止”って張り紙貼ってもいい?」
「いやー。ああいうのは自覚がないから死亡フラグって言うものですし」

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