短編

□【魔王のおやど】決め台詞なSS
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「ふはははは!恐怖に慄き、我輩の前に跪くがいいですよ!人間!!」
「…………」

やっぱり今日も不法侵入の罪を犯した魔王は、トアに向かってそう宣言する。


宿の仕事をひと段落させて、後はもう読書でもして過ごそうかと自室のベッドに寝転がっていた時だ。
何やらテンションの高い馬鹿そうな高笑いが響いたかと思うと、部屋の中心に暗闇が涌いた。
『また妙なことを……』と若干冷めた心で待機している内、その闇が人の形を取ってふんぞり返って上記の口上。トアをビシッと指差すことも忘れない。

それに対して、トアは慄くでも、跪くでもなかった。
ただ気だるげに身を起こし、若干殺意の篭った視線を向けてアルハインに一言。

「とりあえず、ノックしてくれないかな」
「……全くもって失礼しました」

思わず魔王が身を正し、深々と頭を下げるほどの威圧感だった。


「今日は一層変だけど、何かあったの?」

ベッドに腰掛け、アルハインに問いかけるトア。
ちなみに、彼は今床に正座待機を言いつけられているのだが、一言も不満を漏らさず、にこにこと笑みさえ浮かべて従っている。
その姿は、躾が完璧な飼い犬のよう。
従順な彼に妙なときめきを覚えるトアではあったが、必死にその想いを打ち消した。
シャロンのように虐げる勇気は、多分まだないはず。

心中穏やかでないトアに気付かないのか、アルハインは正座のまま、気楽に口を開いた。

「いやあ、挑戦者共を出迎える時、魔王らしい決めゼリフを叫んでみたいのです。で、人間であるトアさんを実験台にしようかと」
「……なるほどねえ」

トアはその言葉に納得の表情を浮かべる。
暇潰しだ。そう確信して。
しかしどんな理由でも自分を訪ねてくれたのは嬉しいし、二人きりの時間は大切にしたい。
どうせ暇だったし、付き合ってやるしかない。

「それなら微妙に混じる丁寧語はやめたほうがいいかもね」
「ふむ」
「あと、アーさんは見た目我輩って感じじゃないし。一人称は俺とか私がいいんじゃないかな?」
「うんうん。勉強になります」

どこからか取り出したメモに、トアの言葉を真剣に書き連ねていくアルハイン。
あまりに彼が素直に自分の意見を取り入れてくれるものだから、調子付いてしまったトアはそれからしばらくの間『魔王らしい口調』について熱弁を振るった。



結果。

「よくぞ辿り着いたな、人間よ……。しかし、お前達はここまでだ」

漆黒の外套を翻し、不敵な笑みを浮かべながら人間に語りかける。
張り詰めた空気が流れる中、高圧的で静かな言葉が響き渡った。

「さあ、恐怖に震え我が前に跪くがいい!」

最後に戦いの開始を宣言。
生きとし生けるもの全ての命を刈り取る存在。威厳に溢れた魔王の姿があった。


しかし、しばらくするとアルハインの表情から笑みは消え、代わりに何だかしょぼくれた表情が現れて。

「…………これ、どー考えてもワイザーとキャラ被ってますよね」
「うん」


やっぱり、個性を前面に押し出す方向で行くらしい。

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