短編

□Xmasネタ
1ページ/2ページ

帰って来たのでお土産目当てで愛想良く出迎えの言葉を紡ごうと口を開き……しばしそのままで静止してしまった。

「ただいまクーちゃん!」
「……え?」

ただし、こればっかりはやむを得ない。
何せこれまで四万年、極力無為に生きてきた中でも最上級に理解し難い現象が、今目の前で起こってしまっているのだ。
見て見ぬ振りが出来ればさぞかし幸せなのだろうなあ、という儚い願望を圧し殺す私に対し、過多な清涼感溢れる笑顔を浮かべる彼。
私からの抱擁を求めてか、大きく両手を広げて待ってくれてさえいる。
幸薄そうな色合いに反し、意味も根拠も果ては道理さえも無視した程度に活気溢れる帰宅宣言だ。

つまりいつもの風景。
あまりに普段通りに近い彼の態度に、ころっとこの異常事態を受け入れてしまいそうになるくらいには変化に乏しい。
無意識の内に、こちらの口角も小指の爪の先ほどだが、下がっていた。
ただしある一点だけが日常とは酷く乖離していて、目下私の頭痛の種。
神様を悩ませるだなんて、本当に罪深い存在だ。その点だけで言えば、彼は魔王としてはとても『らしい』のだが。

「えっと、てみじかに、せつめいしなさい。なにがあったの」
「流石クーちゃんは洞察力が優れていますね! ちょっとした変化にもすぐに気付いてくれてその度私深い愛を再認識出来るという!」

勝手に感極まったらしく、飛び掛かるポーズを見せる彼。
それを私は、掌を見せて制止させる。躾の成果か、彼は大人しくぴたりとその動きを止めた。お預けを食らった犬のような情けない顔をして。
ちょっとだけ。ほんの少しだけ可哀想かな、という慈悲の心が芽生えるものの、優しさを見せるとこいつはすぐにつけ上がるので放置の一択だ。

「……クーちゃんのお誕生日を祝おうと思いまして」
「たんじょーび?」

落胆が色濃く滲む台詞に対して、私は首を捻るだけ。一体何の話だろう。
そういえば少し前に生まれた日をしつこく聞いてきたような気がする。
折角長生きしているのだから、何か定期的に楽しみがないと、と力説されたような気がする。
覚えていないと教えると、残念そうに引きさがった……ような気がする。
途轍もなく曖昧な記憶だが、どうやら事の元凶は彼の無垢な優しさであったよう。
しかし元が分かったところで、どうにも腑に落ちない奇行である。

「あ、ありがとう。で……でも」
「誕生日が分からないのならば勝手に決めて勝手に祝ってしまおうかと!」
「あ、うん。それはいいから。なんで、そんななの」
「何時ぞや辿り着いた世界では神様の誕生日を盛大に祝う風習がありまして」

へー、と適当に相槌を打ってやると、それだけでぱあっと顔を輝かせる彼。
ああもう可愛いなあ、とは思ってやるが、態度に示す程ではない。

「神様に捧げる歌を歌ったり贈り物を交換し合ったり美味しい物を食べたりして楽しむそうで」
「へー」
「そしてそのお祭りは真冬に訪れるために雪が降ると一層めでたく感じるらしく」
「……へー」
「ここに雪を降らせることは出来ない私がクーちゃんのために出来ることといえばこれしか思いつきませんでした!」
「……」

落ちが読めた。
しかし残念過ぎる彼の演説は、私の冷たい視線で止まる程調教が完了してはおらず。

「という理由で白濁した粘液に塗れてきました! さあクーちゃんも一緒に粘液まがぬぶ」

皆まで言わせず、勢いよく顎を蹴り上げて黙らせる。
冗談みたいにゆっくりと後ろに倒れ込む彼。全身を包み滴るねっとりした白い液体のせいでか、べちゃあっと、とても嫌な音が上がる。
その上僅かばかり足に掛ってしまい、不快感が許容量を余裕で振り切った。

「ちゅーし! たんじょーびかいは、ちゅーしします!」

有り難い御神託を、しかし彼は幸せそうに目を細めて笑うだけだった。
前言撤回。これは断じて可愛くない。こ憎たらし可愛いだけだ。


「……ではクーちゃんせめてもの罪滅ぼしに」
「なに」
「その私を蹴り上げ白濁液に塗れたお御足をせめて綺麗に舐め」
「しね! しんでわびろ! この、こうぜんわいせつ!!」
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ