リクエスト短編集

□灰かぶりパロ
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ぱっ、とトアが振り返ると。

「今晩は、お嬢ちゃん」
「え、え?」

いかにも魔法使いといった出で立ちの、優しそうなお爺さんでした。
因みに先程とは全く違う、穏やかな声です。

「儂はお嬢ちゃんの願いを叶えに来た……そうじゃな、良い魔法使いじゃよ」
「あの、さっき後ろにいたっぽい人はどこに」
「いやいや、儂とお嬢ちゃんの他には誰もおらんかったようじゃが?」
「何で窓が割れて……」
「おお、すまんすまん。儂が先程でかいゴミを捨てる際、誤って割ってしまったようじゃ」

そう言うとお爺さんはにこにことした笑顔のまま、持った杖を軽く振ります。
すると割れてしまった窓が光に包まれ、一瞬の内にきれいさっぱり元通りに。
普通に生きてきたトアとしては、魔法を間近で見ることなど初めての経験です。
不法侵入云々ということも忘れて目を丸くします。
驚くトアに、お爺さんは目を細め、緩やかに笑いました。

「ふぉっふぉ……さあて、時間もない事じゃし、とっとと用意をするかのう」
「え、用意って……何のですか?」
「そりゃあ、勿論」

また杖を一振り。

「うわあ!?」
「ま、これで良かろう?」

変化はやはり一瞬でした。
瞬き一つしていないというのに、いつの間にやらトアは華美なドレスにその身を包んでいました。
一つにまとめただけだった髪もアップになり、首にはチョーカー、手には清楚な白手袋、そして足元には。

「なんで靴がガラス製!?」
「まー、ほれ。前衛的で良いのではないのかのう? 多少の無茶は若い時にしか出来んのだし、冒険してみるのが吉じゃと思うぞ」
「よ、よく分かりませんけど……どうして、こんな」
「行きたいんじゃろう? 城に」

お爺さんの言葉に、トアははっと息を詰まらせました。
何と言っていいか分からずまごついていると、やはりお爺さんは笑います。

「儂はまあ、見ての通りお節介焼きでなあ。未来ある若者が腐っておるのは見てられんのじゃ」
「で、でも……私なんかが行っても……いたっ」

皆まで言うなとばかりに、お爺さんは持った杖でトアの頭を軽く小突きました。
恨みがましいトアの視線を、またもお爺さんは笑い飛ばします。
どうやらかなり適当かつ、我の強いお年寄りのようです。

「大丈夫じゃよ、儂が保障する。嬢ちゃんは城におる誰よりも綺麗じゃ」
「『心が』とか続けるつもりですか?」
「ふぉっふぉっふぉ……さあて、足も手配しておいた故、とっとと向かうか」
「…………」

無理やりに話を変えられました。何だか不信感が募り募って、そろそろ通報寸前です。
しかしお爺さんに強い力で引っ張られ、しぶしぶ外に向かいます。
慣れない靴のせいで、まともに抵抗できなかったと言う方が正しいでしょうか。
屋敷の外は街灯がぽつぽつ付いているとはいえ真っ暗で、人通りもほとんどありません。今日はお城で舞踏会があるからか、特に人っ子一人いないようです。
そんな屋敷の真ん前。そこに、見覚えの無い馬車が止まっていました。いえ、引いているのは馬ではなく……。

「わああ! もっふもふ!」
「これこれ。獣臭くなるから、あまり触ってはいかんぞ」

大きな鋼色の、もふもふな狼でした。
抱き付きかけたトアを制するお爺さんの言葉に、狼はややショックを受けたように項垂れます。
しかしそんな狼を慰めることなく、お爺さんはマイペースにトアを馬車に押し込みます。そしてにっこり微笑んで。

「では、十二時までには引き上げるようにな」
「え? でも舞踏会は夜通し続くって」
「なあに時間制限があった方が行動に出やすいじゃろう? 十二時を過ぎると魔法が解けて元の姿じゃ。男を引っかけるなり、王子を口説くなり、何をするにしろ早い目に勝負に出てくるがいい」
「いや……別にそこまでは……で、でもありがとうございます!」
「おお、気を付けてなー」

お爺さんの言葉と共に、落ち込んでいたはずの狼が勢いよく地を蹴りました。どうやらプライベートと仕事は分ける狼のようです。
疾風と化した狼車は、そして瞬く間に見えなくなってしまいました。
車を見送り、お爺さんはうーんと一つ伸びをして。

「さてと……伸びとるはずの生ゴミを処理してから、儂も遊びに行くとしようかのう」

カケラも穏やかではない笑顔で、そうぼそりと呟きました。



「ふー……ありがとうございます、狼さん」

車から降りたトアがぺこりと頭を下げると、狼はわんと得意げに鳴きました。
城の裏手の、警備も手薄な辺りに車を止めてもらい、いよいよ乗り込もうという正念場です。
しかし毛の誘惑に耐えかね道中一旦休憩と称してもふもふしてしまったせいで、もう夜の九時を回ってしまっています。
刻一刻とタイムリミットは近付いていました。
どこからどう入り込み、どこをどう行けば舞踏会会場に辿り着けるのかすら分からないこんな状況では、参加すら危ぶまれます。
それどころかこんな場所でこそこそしているのが見つかってしまえば、不審者として捕まえられても文句が言えない気すらします。
一応その可能性には、見えない振りをするトアでした。

改めてトアはぐっと拳を握り、真剣な眼差しで城を見上げます。
先程のお爺さんの言葉通り、素敵な男性との出会いだとか、王子様との甘いひと時だとか、そんな分不相応なことを期待しているわけではありませんでした。
ここまで来たからには何としてでも舞踏会を楽しんでやろうという、前向きな決意です。
何だか後も先も考えていないような無理やりな展開ですが、持ち前の適当な思考回路で割り切ったようでした。

「じゃ、じゃあ行ってきます! 狼さんはここで待って」
「待て」

地獄の底から響きわたるような、酷く重い声によって、トアは足を地面に縫い付けられました。
恐る恐る背後を振り向くと……声以上に怖い長身の男の人が、すぐ後ろに立っていました。
怖い人が不機嫌そうに眉を寄せ、腹立たしげに腕を組み、遥か上方からトアを見下ろしていました。

「こんな所で何をしている。客人の出入り口は、別の場所だと思うのだが」

詰問するような言葉が圧し掛かったその瞬間、トアの頭の中では逮捕拘留拷問処刑という綺麗な流れが走馬灯のように駆け巡りました。
義母さん、義姉さんたちごめんなさい。トアは一足お先に彼岸に発ちます。

「あ、あ、え、えっと……うう」

これには堪らず思わず泣き出してしまいます。
しかし、慌てたのは後ろで見守っていた狼などではなく、その怖い顔をした男の人でした。

「こら、どうした。何故泣く」

やや声のトーンが柔らかくなったかと思うと、大きな手で頭を撫でられていました。
優しいその手つきに驚きぽかんとその男の人を見上げると、無愛想なりにトアを心配しているかのような表情を浮かべています。
ますます訳が分からず混乱するトアでしたが、涙はとうに止まってしまっていました。

「何かあったのかと思っただけだ。別に責めているわけではない。安心しろ。な?」
「は……はい」
「偉い偉い」

そう言って、男の人はトアの頭を撫で続けてくれました。
照れ臭くはありましたが、まるで家族のような暖かさにトアはされるがままにされています。
それがますます気に入ったのか、男の人は穏やかにふっ、笑い。

「不思議だな……お前とは初めて会うはずだが、どうもそのような気がしない」
「え」

そんな、絵に描いたような言葉を漏らしました。
まさかこれが所謂ナンパというものなのでしょうか。
世間知らず色恋知らずのトアでしたが、その一般的な可能性に思い当たると、顔を真っ赤にして男の人を見上げます。
こうして改めて顔を見てみると、中々カッコいいお兄さんです。
大きいし優しいし頼りになりそうだしで、これは結構そういう意味では、アリかもしれません。

(な……ない……絶対にそんなことないってば!!)

しかしそうは言っても、その男の人はトアの両肩に手を置いて、照れ臭そうに少し視線を逸らしています。
これはもしかして人生で初めて告白されちゃうとか、そう高鳴る胸を抑えながら、トアは次の台詞を待つしかありませんでした。
少しして、男の人は意を決したように口を開きます。

「なあ……もし、お前さえ良ければ……その……私の」
「は、はい!」
「私の、妹になってくれないか?」
「ごめんなさい」

うん、なしだな。
一気に心が冷えたトアでした。
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