短編その二

□ワイザーがオ×ホ持ってうろうろする短編
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「あら、ワイザー様」
「忘れ物ですか?」
「いや。そこの年寄りに聞きたいことがあって来た」
「何ですか……」

宿に戻ると、相変わらずトアとマリア、それにアルハインがいた。
食堂のテーブルを二つつなげたその上にボードと駒と札を広げ、和気あいあいと三人はゲームを続けている。ワイザーも途中までは参戦していたのだが、用事があると言って抜けてきたのだった。
しかし、無論本当に用があったわけではない。この場にいても意味がないと判断しただけだった。
何故かというと、虚ろな目で盤上を見つめるアルハイン、盛り上がる女性陣。

「あ、株主配当もーらい!急成長したから配当だけでもがっぽりだよー」
「私はこの商船カードを五枚使って、このオレンジをあちらの国で売りさばきますわ」
「ちょ、そこ私のシマだったのに!?」
「ほほほ、先駆者がいつまでも大きい顔をしていられると思わないでくださいまし!」
「くっ……私も負けてらんないね!ここの土地をリゾート開発!温泉と老人ホーム、あと若者向けにスポーツ施設を併設!」
「まあ賭けに出ましたわね!そっちがその気なら、遠慮なく叩きつぶして差し上げましょう!!」

きゃっきゃとしのぎを削る女性陣。そんな中、アルハインのターンが来たようだ。彼は黙ってサイコロを振り、その目に従い駒を動かし……そしてまた頭を抱えて声なく突っ伏すだけだった。

「『一攫千金を狙って金山に入り、落石事故でチーム全員生死の境をさまよう』……すごい!こんなに借金マスしか当たらないなんてすごいよアーさん!」
「はい、アルハイン様。入院費や削岩作業員への賠償金等々、借金五千万ルド追加です。しめて借金総額百五十六億八千万ルドですわ」
「すごい!こんな天文学的な数字が借金になるんだこのゲーム!私資産でしか見たことなかったよ!」

彼の前には負債を示すカードが、すでに山ほど積みあげられていた。
マリアはそこに慈悲なくばさばさとカードを増やし、トアは無邪気にその負け具合を褒め称える。
さすがに哀れになってきたワイザーだった。要件も忘れ、とりあえずとばかりにアルハインの肩を叩く。

「諦めろ。こいつらに金策系のゲームで小細工なしに叶うはずがないだろう」
「やかましいですよ……おかしい……何故こうも我輩の止まるマス全てが全て裏目に出るんですか……こんなもの所詮運のはずなのに……」
「執念が違う。執念が」

あと、お前が運を使うゲームで勝てるわけがない。
そんな残酷な本音は包み隠し、ワイザーは投了を促すのであった。
小遣いレベルですら金を賭けていないというのに、トアもマリアも全力だった。その全力に疲れて逃げてきたのだが、正解だったとしみじみ思う。

「負けながらでいいから、聞いてくれるか」
「勝ちに向けて進んでおられるのですよ今まさに……!」

無駄なあがきを続けるアルハイン。彼の目の前で、さらに女性陣が土地開発に成功して、カジノで一攫千金あてていた。これで投げないとは見上げた魔王だ。その辺りの負け犬根性は見習わねばなあと、ワイザーは素直に感嘆するのである。
しかし今は別の面を頼みにする時だ。見た目の年はそう自分と変わらないが、アルハインは数百年を余裕で生きた魔王である。その年月分降り積もった知識は、かなりあてになるはずだった。

「お前に物を尋ねるのは甚だ不本意ではあるのだが」

ワイザーは懐から取り出した物ーーあの赤い筒を、アルハインの傍らに置く。
その瞬間、アルハインの体がガチっと硬直しするのだが、ワイザーは構わず言葉を続け。

「これは一体な」
「貴っっ様ぁぁああああああああ!!!?」

間髪空けずにアルハインに殴られた。凶器は件の、あの赤い筒である。
あまりに突然の攻撃で、それを避けることも、防御することもできなかった。ワイザーは大人しく机や椅子を巻き込みながら盛大に倒れることとなる。
床に尻もちをつき、呆然と殴られた頬をさするワイザー。
正直、わけが分からなかった。こちらは少し物を尋ねただけであり、いきなり殴られる理由などあるはずもない。つまりアルハインが一方的に悪い。
なのだが、自身を見下ろすアルハインのその顔は悲壮なまでに歪んでいて涙目で、まさに被害者のそれである。

「ま……真昼間っから一体何を出しやがっているのですかこの変質者!!」
「変質者!?」

おまけにそんな罵りと共に、赤い筒を投げつけられる。慌ててキャッチし、しげしげと再度見つめてみるも、その狼狽を引き起こす要素がやはりどこにも見当たらない。

「何それ」
「何ですのそれは」

途端湧いた騒ぎに、女性陣がゲームの手を休め、訝しげな目を向けていた。

「そんなもの見ちゃいけません二人とも!!」

その視界を遮るようにしてアルハインが躍り出る。そうしてワイザーに向けて『早くしまいなさい!』と怒鳴りつけた。
完全に我を失くしているように見えた。
しかしどうやらアルハインはこの正体を知っている模様。そしてその反応を見る限り、もしかするとかなり危険な物なのかもしれない。
そのためワイザーは大人しくその命令に従うのであった。殴られた恨みが潰えたわけではない。落ち着いてから倍返しにしてやろうと、自然と拳には力が入った。
埃を払いながら立ち上がり、ワイザーはアルハインを刺激しないよう、静かに語りかける。

「突然送り付けられたのだが、実は何の用途に使用するものだか、私にはさっぱり分からんのだ。恥を偲んで頼む。知っているなら教えてくれ」
「ああはい事情も犯人も把握しましたが今!?ここで!?我輩に用途を喋れと!?」

しかし火に油だった。
真っ当な言葉を紡いだつもりだったが、アルハインの顔は更に歪んで茹だってしまう。今ここで語るか死ぬかを選ばせてやれば、喜んで首を吊るだろう。そんな瀬戸際の気迫が見て取れた。怒りだか恐怖で盛大にガタガタしていた。
ワイザーはふむ、と顎を撫でながら他人事のように思案する。
ここまでアルハインを追い詰めているのは自分、というより例のブツである。どうやらこれは危険物でありながら、更になんだか罪深く恐ろしい存在であるようだ。ますます用途が想像もつかなくなってきた。そして、少しだけ持っているのが怖くもなってきた。

「……よく分からんが、いるか?」
「盛大に間に合っています!!……って、いや別に所持しているというわけでも、そういった意味で間に合っているわけでも……」
「何がどう間に合っていると言うんだ」

と、軽く問いかけるとアルハインは顔色を無くし。

「う……わあぁぁぁあああんすみませんトアさんごめんなさい……!!」

ガバリ、とトアに抱きつくのであった。
トアは目を白黒させるばかり。横で見ていたマリアもきょとんとしている。元凶であるはずのワイザーも、これにはどう対応していいか見当もつかなかった。

(は……母上は私に、一体何を託されたのだろう……)

いくら各世界ヘタレ代表・アルハインとはいえ、魔王が一目見ただけで縮み上がり泣き叫ぶ物とは一体……。ワイザーは戦慄を感じ、懐の重みが、少しばかり増したような気さえした。

「後で気が向けば教えてやります!だから手遅れにならないうちに帰りなさい!!」
「は……手遅れ?あ、ああ、分かった」

そんな中で今わの際のような断末魔で命ぜられれば、従う他ないのである。
わけの分からぬものに追われるようにして、ワイザーは宿を後にした。
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