短編その二

□ワイザーがオ×ホ持ってうろうろする短編
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さて、万策簡単に尽きてしまった。

「はあ……仕方ないか」

アルハインに帰れと言われ、城に戻ったワイザー。
気が向けば教えてやるとは言われたものの、あれだけの取り乱しようだ。そうそう奴の気が向くとは思えない。しかし結局他に聞けるような者もいなかった。
パラケススは執務中の札を部屋の扉に下げていて、シャロンは外出中。何か危険のあるブツかもしれないので、メイド達をあてにするわけにもいかなかった。
そういうわけで、本当の意味で『帰ってきた』。

「あれ?ワイザーやん」
「よう」

片手を上げて応えると、向こうも笑って返してきた。
ロォとゲインである。どうやら暇を持て余しているらしく、城の廊下で談笑しているところに出くわした。
もうこうなれば最後の手段。母に直接、この正体と思惑とを伺うしかない。ワイザーはそう思い、故郷の世界の魔王城までやって来た。
そんなのっぴきならない弟の事情を知ってか知らずか、ロォはにこにことワイザーに語りかける。

「突然帰ってくるなんて珍しいなー何かあったん?」
「ああ、まあな」
「ふーん。ま、ゆっくりしていけ」

そしてワイザーの肩を叩くゲイン。

「あ、お前暇があるならちょっくら鍛練に付き合え。このバカ犬使えねーんだよ」
「ジブンの鍛練なんかつきおーてられっか。忘れとりゃせんやろな、ジブンはあのお袋から直々に力貰っとんのや。まともに相手取ったら死ぬわ」
「って感じでノリわりーんだよ。どう?」
「構わん。どちらが上か、この際ハッキリさせておいた方がいいだろう」
「はっ、言うねえヒヨッコが」

吐き捨てるように言ってのけ、ゲインは殺気を募らせてせせら笑う。
しかしその殺気は、虎が獲物にじゃれ付く程度の柔らかさを持っていた。
義兄弟達はこんなふうに、やたらとワイザーに馴れ馴れしい。しかし、彼は不思議とそれが嫌ではなかった。
そこでふと、ワイザーは気付く。この二人は単なる馬鹿であるようでいて、それぞれ中々の手練れであり、また中々のしぶとさを有している。アルハインに怖い物が多数あるのに反して、この二人の弱点は母親、嫁と娘とはっきりしていて限られる。
なのでまあ、先ほどよりまともな反応が返ってくるだろう。ワイザーは少し気を緩め、懐に手をやって。

「ところでお前たちに聞きたいことがあるのだが」
「おお、何や何や?」
「これは一体何だろうか?」

さらっと出してみるのだが。

「アホかお前は!?」
「何故だ!?」

ロォに胸倉を掴まれて、ワイザーは叫ぶ他なかった。
またこの展開だ。一体自分の何が悪い。力自慢のロォのわりに、その手は易々とふり払うことができた。しかしそれもロォがおどおどと、ワイザーの手にある赤い筒を気にかけていたからに過ぎなかった。
舌打ち抗議するその前に、ワイザーの肩をぽんと叩く手があった。ゲインである。どこか悲しそうな眼をして、やはり赤い筒を見つめている。

「えーっとワイザー……大人しくそれをしまえ。悪いことは言わねえ」
「む……分かった」

この見た目チンピラの姉婿は、案外に思慮に長け、まだまともな類の生き物である。
なのでワイザーは大人しく、その言葉に従うのであった。

「これが何だか知っているのか」

筒を片付け尋ねると、途端にさっと目をそらすゲイン。

「お……おう、何となくだが。で、お前はわかんねーと」
「ああ。差出人不明で送られたのだが……用途がさっぱり分からず困っていた。恐らく母上が送られたもの」
「お袋がそんなもん送るわけあるかぁぁあああ!!」
「抑えろ。こいつが悪いわけじゃねえんだから」

どうどう、とロォを宥めるゲインだった。
ワイザーは悩むだけだ。
この二人が一瞬見ただけで判断できるほどの危険物。それが自分には分からない。恐らくあの、大好きな母からの贈り物だというのに。
知識と経験のなさがこうも如実に浮き彫りになると、流石にしょげるというものだった。
ため息を堪えるワイザーに、ロォが心配そうな面持ちで問いかける。

「え、なんなんジブン。あっちでどんな扱い受けてんの?兄ちゃんいつでも相談乗ったるで……?」
「……何だ、その不憫そうな目は」
「ってーか、お前まさかこれ持ってあちこちうろうろ聞いて回ったりしてねーだろな……」
「いや、アルハインに聞いたくらいだ。あいつは取り乱すばかりで結局正体が掴めずじまいで」
「あの野郎に見せた、ってことはトアもその場に?」
「いたが、それが何か?」
「耐えろ!耐えるんや兄弟!気持ちはイタイほど分かるで……!!」

背負った大剣に手をかけ震えるゲインを、ロォが必死に宥めすかすのだった。
ワイザーにはその葛藤なり怒りの理由がまるで見えない。おかげで、更に惨めに暗くなるのであった。

「あー……すまない。今のは忘れてくれ」

自分の無力さを呪いながら軽く断りを入れ、足早に義兄弟たちから逃げるのだった。二人は何か言葉を濁して引き留めていたが、聞こえないふりをした。
こうなってはもう仕方がない。母に不勉強を正直に詫び、これの正体を直接伺おう。恐怖に近い冷たい義務感に急かされて、ワイザーは先を急ぐのであった。



重々しい扉を二度叩くと、お入りとだけ返事があった。
母の声である。いつ何どき、誰が訪ねたとしても母は快く出迎える。それに誰が来たかは気配で分かるので、ノックすら必要ないと言う。
だがワイザーはいつでもきちんとノックを欠かさない。礼節を重んじている所も確かにあるが、拒まれることがないのだと確認する度、この上もない安堵を得るのだ。母が自分を拒むはずがないというのに。
失礼します、とワイザーは扉をゆっくりと押し部屋に一歩踏み入れた。すると革張りのソファにかけた母が、にやりと笑って出迎えてくれた。

「ようワイザー」
「おや」
「あー」
「失礼しました!!」

くるりと踵を返し逃げるワイザー。しかしその目の前で、扉がひとりでにばたんと閉じる。
こわごわ振り向くと、母は人差し指をくるくる回し、悪戯っぽく笑っていた。

「まあそう言うな。こいつは嫁がいると基本無害だ」

そう言われてしまうと、退路は断たれたも同然だ。
ワイザーは仕方なく、母の前に座る灰色の男に視線を向ける。男の膝には桃色の髪を持つ幼い少女が座っていて、ワイザーににこにこと無邪気に手を振っていた。
ぎこちなく手を振り返すワイザー。彼女は何度か世話になった、別の世界の神である。
そして男は自身の膝に座す少女を微笑ましげに見つめていた。彼の細められた薄灰色の目からは、ただ純度の高い恋慕のような温もりが見て取れる。それはどこに出しても恥ずかしい、恋する男のそれである。
軽く毒気を抜かれかけるが、ワイザーは頭を振る。何度こいつに苦しめられたか分からない。正直顔を見るのも、近寄るのも遠慮したいところだが、母が一言『おいで』と言った。
渋々、ワイザーは母の側まで、なるべく男を避けて馳せ参じる。
その間、男はワイザーのことなど眼中にないかのように、ずっと少女のことを見つめていた。
母の隣に腰掛けて、ワイザーがじろりと睨んでみたところで、ようやく男はワイザーに目を向ける。そして穏やかに微笑みこんにちは、と挨拶するのだ。その滲む無害さが逆に怖気を誘うのだった。母が隣にいて、どうどうと膝を叩いてくれていなければ、きっと悲鳴を上げて逃げだしていたに違いない。
代わりにワイザーは低く低く、虚勢を剥き出しに呟くのだ。

「何故貴様がここにいる……」
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