魔王のおやど

□第一話
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音源はしばらく困ったように食卓を挟んで正面、負のオーラを纏わり付かせる彼女を見つめていたが、すぐに微苦笑を向けた。
あやふやで少し不安になるような実態が見えない表情ではあったが、トアがそれを見てバツの悪そうな顔をする。

「どうしました。我輩を放って一人優雅にお茶する見上げた根性の貴様が、何をそんなに苛立っているのですか?」

変な口調。
それでもトアは特に動じず声の主を睨みつける。

「うっさいなあ……アーさん。私が何考えようが勝手でしょう」
「勝手なものですか。鬱陶しいだけで使えない人間なんか真っ先に解雇対象ですから、ちゃんと把握しておかないといけません」

そんな言葉とは裏腹に、『アーさん』は優しく微笑んでいた。
なんとかして機嫌を直してもらいたいという思いが、ひしひしと伝わってくるほど真摯な顔。
嫌味な言葉とはま逆である。


『アーさん』。トアがそう呼ぶものは、美しい青年であった。
室内であるというのに闇より暗い外套を身にまとい、トアの正面の椅子に腰掛けている長身痩躯。
絹のように柔らかに流れる金髪。
端麗な顔立ち。白い肌。
切れ長の双眸は深海のように暗い蒼。
それぞれのパーツが計算しつくされた配置で並び、おおよそ容姿を褒める際に使われる美辞麗句を可能な限り並べ立てたところで、この存在を正確に言い表すのは不可能であるほどの美貌。
どんな芸術家であろうが彼を前にした途端、その美しさを残そうと切望し、やがて己の力の無さを悔いることとなるだろう。
そんな、神々しさすら感じる人間離れした美しさである。

どこまでも洗練された貴公子然たる美青年に、垢抜けない娘。これで青年がどこかの国の王子だったり、少女が没落貴族の末裔とかなら、十分二人は喜悲劇の主役がはれることだろう。
実際には全くそんなことはなく、少し王道からそれた役割をまっとうしているのだが。


背景が背景のために、青年は完全に浮いてしまっていた。
何故こんな流行らない宿にいるのか。
何故こんな場所で、その細く美しい指を惜しげもなく──芋の皮むきなんぞに使用しているのか。

すでに皮をむいた芋を机に置き、二つ目に取り掛かった時に彼女が本格的にヘソを曲げ始めたので、未だにナイフと芋を持ったままだ。


色々とおかしい光景ではあったが、彼女にとっては日常の一コマなのだろう。
とろけるように甘い微笑みを向けられたところでどうという感想も湧き出てこないし、不機嫌な今はその気楽そうな顔がまたやたらとムカついた。
一発ぶん殴ってやろうかと危険な思考に支配されそうになるが、それをぐっと抑えて、結局出てくるのはやはり虚しい溜め息だった。



「だって……お客さん来ないんだもん」
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