魔王のおやど

□序章
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順風満帆にいくと思われ始めたトアの人生。
しかしやはりそういう星の元に生まれたからか、不幸は再びトアを襲った。
それは彼女を徹底的に痛め付け、荒ませる要因にもなった。


トアが17になる前。
母親が急に倒れ、治療の甲斐もなくその数日後に帰らぬ人となた。

元々体が丈夫ではない人だった。
それなのに娘のため、父親の残した店のため、無理をして働いたのが祟ったのだろう。
母の最期の言葉。
『強く生きなさい』
それだけが葬儀の最中、トアの頭の中をぐるぐると巡っていた。

いくら悔いても、時間は戻りはしなかった。
結局トアに残ったのは顔も知らない父が残した、母を殺した憎い店。そして借金だった。
手に余るものだけ残り、本当に必要なものばかりがトアの元を去っていった。

懇意にしていた親戚もおらず、近所の者たちもトアに憐敏の眼差しを向けるだけ。
具体的な救いの手は伸ばされないように思われた。

ただ、その金貸しだけは違った。
借金を帳消しにするどころか、トアさえ良ければ養子に来ないかと申し出てくれた。

未だに妻子の一人もいない、町一番の大富豪。
彼の養女となれば、トアは一夜にして莫大な財の継承権を得ることとなる。


いつの世も好まれる、不幸な少女が降って沸いた幸せを掴む話。
それまでの苦労が、何倍にも増して報われるサクセスストーリー。

めでたしめでたし。
これにて終了。




しかし物語はここでハッピーエンドを迎えない。
むしろ始まりにすぎなかった。


何故なら、トアは大雑把な割りに筋の通らないことが嫌いなひねくれ者だったから。
珍しいくらいの頑固者とも言える。


情に訴えて借金を帳消しにしてもらったとあらば、これまで頑張った母に申し訳が立たない。
命をかけた母に恥じることのないように、トアは遺志を継いでまっとうにズル無しで生きなければならなかった。

第一、借りたものは何があっても返す。
それが当然だ。
だから決意した。
一人で強く生きて、ケジメをつけるために。



母のの葬儀が終わり、一段落した次の日。
トアは全財産と少しの身支度を持って、生まれ故郷を後にした。
金貸し宛に手紙を出してから。


『一年後まとまった金を用意します。
無理だった場合。私が一年後現れなかった場合。土地と店を差し上げます。
売れば残りの借金以上になると思います。
今までありがとうございました』

そんな頑固娘が誰にも伝えず向かった地。
それはこの世界で生きる者なら誰もが知る、魔王の城に最も近い街だった。
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