魔王のおやど

□第三話
2ページ/7ページ

乗り合い馬車を乗り継いで、昨日の夕方頃にやっとこの街にたどり着いたのだった。
到着してすぐ安宿を取り、食事もそこそこに寝てしまったため今日が初めての散策となる。

旅路の最中は満足にベッドで横になることもできなかったから、昼までぐっすり眠ってしまって現在のこの時間。
小腹を満たせる屋台をひやかしながら、かれこれもう小一時間はうろうろしていた。

故郷は国の中部にある田舎だから、人混みも骨身に滲みる寒さも、何もかもが新鮮だった。
暦の上ではまだ冬の入り口に差し掛かった頃ではあるが、すでに街は白銀に染め上げられ、微かな陽光の反射が眩く幻想的だ。

「うわ、今度は魔王芋煮か。一つくださーい!」

景色より、今は食い気が優先らしい。



まとまった金を用意するという、すわ犯罪に走るのかと危惧させるメッセージを残して旅立ったトア。

彼女が目指すは魔王を倒して一攫千金?
それとも観光客相手に、とても言葉にできない手段(犯罪的な意味で)を使って金を巻き上げてしまうのか?!

……いやいや。そんなリスクの高いものではなかった。
まず、トアは戦う手段を知らない一般人だし、金は好きだが犯罪のように筋の通らないことは大嫌いだ。

彼女が求めるもの。それはビジネスチャンスだった。
そしてこの散策の目的は視察である。


アイルズベリィのことは、あの金貸しから聞いて知っていた。
観光だけでなく数々の商業が発展し、異国の文化技術にも触れられる。
視点を変えてくまなく探せば、どこにだって新しいビジネスのネタが転がっているのだ、と。
旅好きの彼がとても楽しそうに語っていたものだから、とても印象に残っていた。


彼女はその不確かな話一つのために、ここまで来てしまったのだった。

(でも……こうでもしなきゃ)


思慮の足りない行動だと、自分でもよく分かっていた。
残りの人生かけて故郷で頑張れば、決して返せない借金ではない。
だが色々なけじめをつけるためには、こうするしかなかったのだ。
一年という期間を設けて自分に無理難題をふっかけたのも、元はと言えば彼のせいで。


トアは適当なベンチに腰掛け、虚空を見つめて金貸しの彼を思い描く。

短くきれいな銀髪眼鏡。
整った人の良さそうな顔立ち。
どう見ても二十代のくせして、トアの両親よりも年上という奇怪な人物。

彼は菓子屋経営主や、貿易船のオーナーなどという肩書きをいくつも持ったいわゆる実業家であった。
のほほんと無害そうな顔をして、結構やり手だという話。
そのくせ資金繰りに困った商人仲間などに低利子で金を貸し、慈善事業にも精を出すものだから周囲からの評判はすこぶるいいときた。
兄とも慕う彼のことだが、幼い頃に『おかねをかしてくれてるひと』と認識してしまって以来、トアの中では金貸しのイメージが強くて仕方がなかった。

レイト・アナトラードと言えば分かる人もいるだろう。
トアの故郷ではかなり名の知れた資産家で、魔術方面に明るい変わり者。
旅行とお菓子作りが趣味という好青年。
そしてあろうことか、トアを養女にしようとした――朴念仁。


「…………兄ちゃんのばかやろう」


なんだか妙に面白くなくなって。
トアは一人寂しく、魔王芋煮をつつくのだった。

最後に出した手紙にはその辺は全く匂わせなかったから、きっとあの人は全然思いもよらないんだろう。



トアが密かに、思いを寄せていたことなんか。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ