魔王のおやど

□第七話
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「あむまう」

トーストがもちもちうまー。

「ほぉ。私は直接こちらに来たため、棺桶には気付かなかったな」
「むむあむ」

オムレツもふわふわうまー。

「確かに、玄関など久しくくぐっておらんな。ほら、喉が詰まるぞ。紅茶も飲め」
「ずずっ……むー」
「いい加減、お前の好みも覚えてしまった。砂糖三杯にミルク大量、だろう」
「……♪」
「ふっ……礼には及ばん」



「…………なんで会話が成立してるんですか」

平和な朝食タイムを楽しんでいた二人を見て、アルハインはげんなりと呟いた。
古びたマントに貴族な正装といったいつもの姿だが、妙な縛り方をされて手足の自由が利かない上、ぞんざいに床に転がされている。
とはいえ彼を拘束しているのはただの縄のようだから、恐らくその気になればいつでも逃げることができるはず。
ただ、縛った人物が怖いらしく、大人しく抵抗の素振りを見せないでいた。魔王なのに。一番偉いはずなのに。


あまりに情けなさ過ぎて扱いに困るのと、縄には先日嫌な思い出しかないトア。
先ほどから無視を決め込んでいたが、恨みがましい視線に耐えかねて、とうとう椅子から立ち上がった。ただし、食べかけたトーストは持ったまま。
そして彼の傍らにしゃがみこんで、一齧り。

「むぐむぐ……アーさんも食べる?」
「召し上がってやりましょうとも。そのためにも、まずは縄を解きなさい。貴様が解いたのならば、シャロンも許すはずでしょう」
「うーん……どーしましょう、ワイザーさん」
「辞めておけ。シャロン殿が戻り、許可が出るまで放置しろ」

自分はデザートのアイスを口に運びながら、ワイザーはきっぱりと切り捨てた。
アルハインの方に目をやることもなく、幸せそうに銀のボウルを抱えている。
そんなワイザーとは対照的に、今にも泣き出しそうなアルハイン。
トアは二人を交互に何度か見て、ワイザーに向かいにっこり一言。

「ですよねー」
「うう……我輩が一体何をしたと…………」

可哀想なアルハインを、心ゆくまで愛でることに決めたらしい。


シャロンが城に戻り、朝食を取るため食堂に行くと……やはりトアの分を用意して、ワイザーが待っていた。
いつものように『ついで』と言い張って。

賊が入ったあの騒動から、すでに数日が経過していた。
あれ以来人間の客は来ておらず、以前と変わらぬ日常が戻り──ワイザーが当社比二、三倍はトアに対して優しくなった。
これまでも尋ねて来る頻度は高かったものの、今では朝昼晩大体宿にいて、仕事をしたりトアと遊んだりアルハインで遊んだり。
あまつさえ、朝食は今のところ毎日自分の分の『ついで』と言い張って用意してくれる。
朝起きてすぐご飯が用意されているのは嬉しいし、何よりワイザーの作る料理はどこか亡くなった母親のものと似ていて、トアにとってはどんなに簡素なものであっても何よりのご馳走となっていた。
そのため、トアはありがたく好意を受け取り甘えまくっている。多分色々心配してくれているんだろうなー、と漠然した悟りを抱きながら。

あの夜、トアに危害を加えた賊を始末すると怒り狂っていたこと。
目が覚める直前までそばにいて、見守ってくれていたこと。
栄養などを綿密に考えて毎朝食事を作ってくれていること。
宿のセキュリティーをこれでもかというほどに向上させ、有事の際の対処マニュアル(事典並)を完成させてしまったこと。
他にも色々。

そんな過剰な何かを、トアは知る由もない。
ワイザーも自覚はあるにせよ自分から言う気は毛頭ないようで、微妙なツンデレを続けているといった次第である。もう最近では妹のように思えて可愛いらしい。


こうしていつも通り朝食を取っていたところ、シャロンが現れた。芋虫みたいなアルハインを軽々と肩に担いで勇ましく。
後で来るらしいからと、そわそわと彼女の来訪を待っていたワイザーも思わず凍りつき、当然トアも言葉を失った。
何だか妙に似合っていた。似合いすぎていて、怖かったというか。
二人が無難なツッコミを探している間にアルハインを転がして、彼女は棺の様子を見に行くと言って再び姿を消した。
そして、今に繋がる。

「むぐ……ところで変な縛り方だね。亀の甲羅みたい」
「ああうん。トアさんは知らないままでいて下さいね。命令です」
「……お前には、不要な知識だ」
「?」

首をかしげながら、残りを片付けるトアだった。


朝っぱらから妙な物を見てしょんぼりもしたが、日常に大きな変化はなさそうだ。
朝ご飯はおいしいし、何よりそばにはアルハインがいる。つまり、いつも通り。
あまりにいつも通り過ぎていて、あの棺桶の件は夢だったのかもしれないとすら思えるトア。
もしくは特に何の波乱もなく、シャロンがどこかに捨てて来て終わり。
そんな平和なオチがつきそうなほどに、今朝も今朝とて平和な日常。


食べきって、一度椅子に戻り紅茶をすする。
ほどよい温かさと甘さ。この穏やかな時間(約一名にとっては多分ただの天災)。
それら様々な要素が重なって、まったりと、ふわふわした心地になれた。

「ふう……平和っていいですねー……」
「では平和ついでに、早速開封ショーと洒落込もうか、女将」

まったりと目を向けた方向には、不法投棄物を抱えたシャロンがいた。
無表情は無表情だが、やはり瞳には厄介な炎が灯っている。その名も好奇心。
癒しの時間は長くは続かなかった模様。トアは軽い眩暈を覚えた。
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