魔王のおやど

□第八話
2ページ/8ページ

「好きな相手に正直になれないのが、ツンデレという病だと聞く」

間違っていますわよー。とはマリア、胸中でのみのツッコミ。

「ならばあいつも重度のツンデレなのだろう。そう思い、私はこの薬を作ったのだ。好きな相手にストレートに思いの丈をぶちまけずにはいられなくなる……この薬を!」
「えっと……質問があるのですが、よろしいでしょうか」

おずおずと口を挟んだマリアに対し、ワイザーは鷹揚に頷き先を促してくれた。

「良い。言ってみろ」
「先ほどの『妹のように思っている』発言から、何故そこに飛躍するのでしょうか?」
「ふっ……決まっているだろう」

先ほどよりも、ずっと穏やかな笑顔のワイザー。
ひしひしと伝わるのは愉快犯じみた愉悦の感情だが、きっとその奥には何か『兄』として深い考えがあるのだろう。きっとそうだ。でなければ、この人ただの馬鹿だ。大馬鹿だ。
そんなマリアの危惧をよそに、ワイザーが高らかに宣言するには。

「妹で遊べるというのは、兄の特権だからだ!」
「ああもうやっぱり喋らないで下さいまし! これ以上貴方様の株を下げたくありません!」
「……しっ。どうやらあいつが来るようだ。いいから協力しろ」
「いいえ! やっぱりいくらなんでもそんなの酷いですわ! こういうのは当人の気持ちの問題で」
「ちっ……ならば、ほれ」


トアが食堂に顔を出したのは、それから十数分後のことだった。

「おはよーございまーす……あれ?」

気だるげに欠伸をかみ殺し、寝巻きのままでのご登場。
顔は辛うじて洗っているものの、髪を梳かす気はさらさらないようで、寝癖がついたまま。開ききらない目と合わさり、なんとも締まりのない様子。
だらしないと言うことなかれ。客がいない日は必ず起きればすぐ朝食が出来ていて、髪はワイザーが欠かさずセットしてくれる。
洗い物くらいは引き受けるが、起き抜けに朝食を作る労力に比べれば、遥かに安いものだった。
つまり、最早実家以上の至れり尽くせり。これでだらけない人間の方がどうかしている。


今日もまた、そんなリラックスしきった調子で、ワイザーの隣に腰を下ろすトア。
そしてマリアに目をやり、ぼそっと一言。

「何をやってるんですか、マリアちゃんは」
「ゴマ粒を数えてみたいと言うので、与えただけだ」
「はあ……変わってますね」
「全くだな」

吸血鬼は細かなものを見ると数えずにはいられないという、厄介な習性を持っている。
数え出すと驚異的な集中力を発揮し、何があっても無反応。
そのため数えている物を奪うか、疲れてくるのを待つかしか、会話をする手段はない。
いつにも増して面倒臭がりな寝起きのトア。無論選択するのは後者だった。
その結果、とんでもない災難を被ることになるのだが、そんな未来が予想できたはずもなく、おいしそうな食事を前にして、食べる順序を考えるので大忙しだった。
かりかりに焼けたトースト、その横には三枚のベーコン。そしてほうれん草のスープとミルクティーがそれらに付き従う。目にも優しい色彩で、見ているだけでも心が豊かになった。

ぐぅ。

腹の虫は正直だった。
今更取り繕う必要もないのか、トアはまず温かいミルクティーに手を伸ばす。
再び夢の世界に誘うような匂いが幸せそのものだった。だらけきった表情が更に弛緩する。
隣の人物が意味深にほくそえんでいるのにも全く気付かず、ちょびりちょびりと栄養摂取に余念がない。


「食べながらでいい。聞いてくれるか」
「なんですかぁ?」

一杯を飲み終えて、お代わりを要求しようとした矢先のことだった。
ワイザーがトアの頭を撫でながら、その耳元で言葉を繋げる。

「……トア」
「うっ────ぁああぁあ?!」

素っ頓狂な悲鳴が、平和な食堂に響いた。


目を白黒させ、ついでに顔も赤くしてワイザーの顔を凝視するトア。
その反応に驚いてか、言った本人ですら決まりの悪そうなしかめっ面をしていた。
頭を撫でる、抱きしめる、何かしら物を買い与える、等々。
ありとあらゆる手段で可愛がられていたものの、名前を呼ばれるのはこれが初めてだった。

「なっ、ななな何ですかいきなり?!」
「いいから聞け。私はな、お前のことをその……妹、だと思っている」
「え、は、はい」

いつになく真剣な眼差しに打たれ、しどろもどろに返事を返す。
頭の中を整理している内にも、追い討ちのように、優しい言葉が浴びせられた。

「お前には幸せになってもらいたいし、そのためなら、私はどんな努力も惜しまないと誓う」
「あ……ありがとうございます」
「だから」

そこでにやり、と凶悪に哂う自称兄。

「お前で少し、遊ばせろ」
「…………はい?」
「おはようございまーす。トアさん」


『何言ってんだこの人』という尤もなツッコミを放つより前に届いた、訪問者の気楽な声。
聞き慣れたその声を脊髄で認識するとほぼ同時、ぐらりと視界が揺らいで霞み──……



「今日は遊びに行くんですよね。休みが取れたので、我輩も一緒に行ってやってもいいですよ」
「アーさん……」

立ち上がるトア。
そのまま、へらへらと笑う目標の人物まで、ふらふらと歩みを進めて。

「って……まだパジャマのままなんですか。だらしがないですねー。全く、稀代の美男子が目の前にいるんですから、もう少し身だしなみに気を配ってもバチは当たら」
「好き!!」

がばっ、と抱きついた。
空気が凍った。アルハインも、勿論笑顔のままで凍りついた。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ