短編

□三周年記念・しょっぱいデート実況
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その日は幸い、気持ちのいい快晴だった。
魔王が棲み付き治める北の大地としては、年に何度お目にかかれるか、といった快晴だった。
見渡す限りに青空が広がり、春先を思わせる心地のよい日差しが、窓から優しく降り注いでいた。窓枠を揺らす風もまた穏やかで、今日は実に洗濯物日和といったところ。家事は一日放棄の一択だが。
ぼんやりと外に視線を向けるトア。今日は仕事も何もなくて、今なら二度寝が許される時間帯。起き出してからあまり時間の経っていないベッドは依然ぬくぬくとして、陽だまりの中でトアをたおやかに手招いていた。
しかしトアはその誘惑に乗るわけにはいかなかった。
頭を振って、微かに残る眠気を払うトア。鏡台に映る自分は多少緩んだ顔をしていたが、まだ見れなくはないものだった。
今日は珍しくも珍しく、化粧台の前に座ってしっかり身支度を整えていた。いつもはマリアに手伝ってもらう薄化粧も、今日ばかりは自力でなんとか仕上げてみた。
ただ、やはりまだこういった作業は慣れないので少々どこか不格好だ。
眉は左右で形が違う気がするし、口紅も服に合っていない気もするし、何より自分に似合っているのか確信が持てなかった。

「まあいっか。うん」

しかしトアはあっさり一言でその懸念をうち払った。どうせ気にしたところで、疎い自分には分からない。
世の女性は皆朝から大変なんだなあとしみじみ感じ入りながら、基礎化粧品のコストパフォーマンスについて思いを巡らす彼女は紛れもなく、恋に恋する乙女であった。

そうしてトアはいそいそと化粧台を片付け始める。鏡の前には様々な道具類が散らばっているが、最小限しか使わなかった。
何しろ散らばるそのほとんどが、昨日母親から大量に送られてきたばかりの物なのだ。当然試す機会も今朝までなくて、使い道もよく分からなかった。

「女子力の低い娘でごめんねお母さん……できれば今度お化粧教えてください……」

遠い異界の地にいる母親に一通り拝んでから、トアはこう付け加える。

「それと今日一日は、お父さんをどこかに埋めておいてください……」

お母さん、神様、魔王様。どうかよろしくお願いします、とトアはどこまでも真剣に祈るのだった。


今日は記念すべき日である。
何かといえばデートである。
彼、アルハインと付き合い始めてから、初めて二人っきりで遊びに行く日が今日である。
そんな大事なイベントのため、トアはいつもより少しだけ早起きをして支度を整えていた。
化粧もしたし、服も今日おろしたて。胸元にリボンのついたワンピースに、白いボレロを合わせてみた。街で勧められるままに買ってみた組み合わせだが、中々いいかもと上機嫌。いつもはゴムでまとめるだけの髪にも、ささやかながらに花の髪飾りだってつけてみた。
化粧台を立って、しみじみ自分の姿をチェックしてみるトア。

「うんうん、多分大丈夫……だよね?」

鏡にぎこちなく微笑みかけてみると、なんとはなしに大丈夫な気がした。
天気もいいし、彼が今日一日エスコートしてくれるということだし。これで大丈夫でなければ何なんだろう。トアはそう思い込んで、よーしと気合を入れるのだった。
まあ彼のエスコートというだけで何かのフラグがビンビンだし、この快晴も彼が強引に天候を弄っただけのことだろう。それをうっすら理解しながらも、トアの心は期待に踊っていた。
壁の時計を見てみると、待ち合わせの時間には少し早い。じゃあ二人分の朝ごはんでも作って待っていてあげよう。そう思い立って、トアは何の気なしに廊下に繋がる扉を開けた。
しかし扉を開けると、そこには愛しい恋人ーーアルハインが既に待機していた。いつもの礼装に、変わらぬ黒マント。見慣れているはずの彼の姿に、トアはぎょっとして思わず叫ぶ。

「なんで!?」
「あ、おはようございます」
「うんおはよう!なんで!?」

トアの悲痛な悲鳴とは対象的に、アルハインは平然と顔を上げる。トアから目を反らしながら頬を掻くさまは、とても申し訳なさそうだった。

「いや、今日のプランにろくな物が練れなくて……この落とし前はどうつけるべきかと悩んだ末、とりあえず土下座しておこうかと」
「こんなに軽く土下座ができるの、アーさんくらいだよ……」

とりあえずとばかりに彼の腕を引っ張り、無理やりに立ち上がらせてみるトア。立ち上がったアルハインは膝の埃をぱたぱたと払う。そんな彼の姿は妙に切なく見えた。
可哀想すぎた。
トアは小さなため息をこぼし、アルハインを見上げる。

「アーさんは何がしたいの」
「あーその……トアさんの恋人として頑張りたいです」
「うぐ」

はにかみながら放たれた直球に、トアは声を詰まらせる。顔がみるみるうちに赤くなっていくことくらい、鏡を見なくても分かってしまった。

「こっ、こ、恋人ならそんなに簡単に土下座しちゃダメなんだからね!?」
「はあ……」

叱ってみるも、次第にアルハインがにやにやし始めるのを見て、更に赤面するトアだった。

「もー……っていうか、予定が組めなかったからって謝らなくていいからね。アーさんなんだし仕方ないよ」
「それはそれで我輩の立場がないんですが」
「さくっと土下座してる時点でもう無理でしょ?」
「だって誠意を見せるにはこれが一番ですし……」
「アーさん一応偉いんだから、もうちょっと態度で偉ぶってね」

トアは彼の肩をぽんぽんと叩いて慰める。アルハインも苦笑でそれに応えるのだった。トアはそれににこりと返す。

「じゃあ朝ごはんを食べながらどうするか考えようか」
「そうですね。一応色んな方面からアドバイスはもらって来ましたから」

信用出来るかどうかはさて置いて……と、遠い目でボヤくアルハイン。トアは言い知れぬ不安を感じはしたが、迷いを振り払うべく彼の手を取った。男性にしては少し線の細い、それでも大きくて暖かな手。トアはこの手が大好きで、触れているだけで幸せな気持ちになれた。これからはこの手を取ることに大義名分も必要ない。
そんな当たり前を改めて意識して、トアははにかみ言うのであった。

「じゃあ……今日はよろしくお願いします」
「もちろんですよ」


(続く)
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