式野物語

□第1章
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天高く馬肥ゆる季節、秋の涼しい天候の中、馬車に揺られて少年は、うとうとしていた。少年、といっても年は17、18あたりといったところか、さらさらの短い髪に着流しに帯刀、見たところ見習い武士のような雰囲気だ。
少年を乗せた馬車は町を通り抜け、田畑を越え、竹林に差し掛かった。
そこで馬車はゆっくりと停車した。
「坂井殿、着きましたぞ」
少年はハッと目覚め、急いで外に出た。
「あちらに見えるのが式野大社でございます。」
式野大社…数ある神社の頂点に立つそこに、大巫女が住まわっている。
大巫女は巫女の中でも特別な存在で、生まれた時に宝珠を持って誕生した者が、15歳になったときになれる役職である。大巫女は、神楽舞や湯立神事などの儀式に奉仕する普通の巫女とは違い、神社において憑坐として神託を伝えるのを務めとする。神託の他にも占いや病気の治療を行い、国の指導者も大巫女の神託を頼りに政を行っている。
そんな大事な神社の長い階段を登りきり、少年は改めて神社を見上げる。
「うわあ…でかいな…」
思わず感嘆の言葉を漏らした。
しばらく佇んでいると神社の中から神官が現れた。
少年は真剣な面持ちになり、頭を下げた。
「坂井 月斗(さかい つきと)と申します。例のご神託の命により、やって参りました。」
「はるばるお越しいただき誠に感謝致します。坂井殿にこの式野大社の護衛をと神託を下さった巫女様のもとへ案内致します。」
神官も頭を下げ、神社の中に導いた。
坂井月斗は大巫女の神託により、護衛に選ばれたのだった。
初めて神託を聞いたときは月斗は全くの無名の武士の家柄の人間だったので、本人も含め、皆が仰天したものであった。
何故月斗が選ばれたのかは全くわからなかった。
その理由も含め、月斗は巫女との面会をドキドキしながら待っていた。

「この奥の部屋に巫女様がいらっしゃいます。どうぞお入りください。」
神官が勧める。
月斗はガチガチに緊張しながら扉を引いた。

広い御座敷に様々なお供え物が並べられていた。
その奥にはちょこんとかわいらしい様子で正座をしている少女が見えた。巫女袴を着て、比較的長く伸ばした黒髪を、後頭部の頭頂近くに一つに束ね、その先を無造作に垂らしている。結び目は赤い紐で飾られていた。
少女はにっこり微笑んで口を開いた。
「もっと近くまで来てくれませんか?」
「は、はい。」
月斗は少女と向き合う形で正座した。
「ようこそ、式野大社にお越しくださりありがとうございました。」
少女は深々と礼をした。
慌てて月斗も礼をする。
「この式野大社の巫女、式野 祇里(しきの きり)と申します。」
式野祇里。
月斗は頭の中で繰り返した。
「坂井月斗さんでしたね。今日からお世話になります。」
深々とまた祇里が礼をした。
月斗が何か言おうと口を開きかけた時、頭を上げた祇里と目が合った。
「早速ですが」
祇里が真剣な目つきになる。
月斗は口を閉じ、祇里を見る。
祇里は懐から紅く輝く宝珠を取り出した。
これが、大巫女が生まれた時から持っていた宝珠だろうか。
「これから視える物たちに驚かないで下さいね。あなたの務めが今わかりますから。」
自分が選ばれた意味が今からわかるというのか。
月斗は身構えた。
祇里は目を閉じ、宝珠を掲げた。
その時紅い光が溢れ、部屋中を満たした。月斗の身体が熱くなるのを感じた。
あまりにも強い紅に思わず目を閉じた。

しばらくして、祇里に声をかけられた。恐る恐る目を開いた。
目の前にはにっこり笑った祇里の顔。部屋を見回しても先ほどとなんら変わりはない。
「…今のは一体?」
祇里は、んーそうですね…と呟き、窓を開けた。
「何か視えませんか?」
月斗は窓の外を眺めた。
神社の砂利、大小様々な社、竹林、その他神社にある並の建物や物体。
「いえ、特には…」
祇里は数回瞬きをしたあと、合点のいったようにポンと手を合わせた。
「なるほど、神社の結界が効いてるからなのですね!わかりました。では少し散歩しましょう。」
「へっ?」
「参りましょう」
強引に祇里に引きずられ、月斗は階段を下りた。
「どこ行くんですか?」
「百聞は一見に如かず、です。」
「……。」
2人は森に囲まれた田んぼの畦道についた。
「何か見つけたら教えて下さいね。」
月斗は辺りに目を凝らす。
「あっ」
薄暗くなっている森の木々の下に狸を見つけた。
「何か視えましたか!?」
「狸です。」
「…そうですか。」
祇里はがっかりした様子で言った。
「何を見つければいいんですか…?」
月斗も疲れた様子で尋ねた。
「常人には見えなくて月斗さんにしか見えない物です。」
「…。」
月斗は感づいた。
「もしかして俺、化け物が視えるようになったとかそういうのですか?」
「そういうのです。」
祇里は驚いたように答えた。
月斗はのけ反った。
「ええっ!マジかよ」
つい普段の口調で言ってしまった。月斗はハッと口を押さえた。
祇里は特に気にした様子でもなく、こくこく頷いた。
「もう言ってしまいますと、月斗さんは化け物が視えるついでに化け物を倒せる力もあるのです。元からそういう才能がありまして、宝珠のおかげでそれが実際引き出されたのですよ。」
「で、化け物退治が俺の用心棒の役割なのか?」
「はい。よく式野に憑かれた人たちが来て、助けを求められるのですが、私はそれらを払うことができますが、完全に退治することはできないのです。だから月斗さんも仕事を手伝ってくださいね。」
「う…うん。上手くできないかもしれないけど」
祇里はにっこり笑って「いいのですよ」と言った。
「神が選んだのですから。」
そう言われてしまうと逆らえない。月斗は苦笑いした。
「それにしても」
祇里は月斗の顔をまじまじ見た。
「月斗さんは猫かぶってたのですね」
月斗はギクリとした。そういえばさっきから全く敬語を使っていない。
「ごめんなさい」
「いえ、いいのですよ。私は一応大巫女ですが、そんなに丁寧にされたくないのです。普通の言葉遣いをしてもらった方が気が楽です。」
そうですか、と言いかけて、月斗は咳ばらいした。
「そっか。俺もその方が楽で助かる。」
祇里は満足げに頷いた。
「…では帰りましょうか。」
先頭を行く祇里の小さな背中をみながら、月斗は目を閉じて瞼を押さえた。
(化け物が視えるのか…少し怖いが、面白いかもしれないな)
徐々に暗くなる空を見上げ、薄く笑った。
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