式野物語

□第2章
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式野家の朝は早い。
朝5時に女中が起こしにくる。「月斗様、朝でございますよ」
眠そうに眼を擦り、布団から出る。着替えて、身なりを整える。布団はそのままにしておいて良い。あとで女中が畳みにくるからだ。

月斗が式野家に来てから数週間が経った。
だいぶ人の顔と名前が一致するようになった。
人々に挨拶しながら、大広間に行き、朝食の席につく。
「今日は予約が入っていたな。」
萩が祇里に話かける。
「人形の厄払いだそうだ。」
「はい、わかりました。」
祇里は朝食をぱくぱく平らげ、立ち上がり、月斗に目配せした。
月斗も早く朝食を食べ終わらせようとしたが、喉に詰まりむせてしまった。
祇里は呆れたように苦笑いし、「あとで社に来て下さいね」と言い残し、部屋を去っていった。


社でしばらく待っていると神官に通された少女が日本人形を抱えやってきた。
少女はやつれきった顔で人形を祇里の前に置いた。
人形は髪が長く、赤い着物を着ていた。
祇里は人形を見て眉をひそめた。月斗も人形から何か邪気を感じ取り、険しい表情を浮かべた。
「祇里様…」
少女は祇里を見上げた。
「最近、嫌な夢を見るのです。この人形の髪が私の首を絞める夢を…。朝起きると枕元に人形がいるのです。昨日の夜までは別の部屋に置いてあったのに……私、怖くて…。」
少女はギュッと目を閉じた。
「でもこの人形は亡くなった祖母の形見なのです。だから捨てるにも捨てれなくて…だからお願いです。この人形から悪い物を払って下さい。」
はい、と祇里は頷いた。
「付喪神の類いですね、大丈夫ですよ。」
そういい少女を安心させた。
神官は窓を開ける。
窓の外には開けっ広げられた坂道が広がっている。
月斗が退治しやすいように整備されたのだ。
月斗は刀をすぐ抜けるように鯉口を切った。
祇里が払詞を唱え始めた。
すぐに人形に変化が現れた。
だが人形から立ち上ったのはいつもの黒い影ではなく灰色の影だった。
灰色の影は少女の周りを取り囲んで少女を包んだ。
少女はガックリと突っ伏した。
「つ、月斗さん!」
予想外の事態に祇里も動揺していた。
月斗は刀を払い、影を追い払おうとしてみたが、形なき影には太刀打ちできなかった。
そして影は雲散してしまった。
「……消えた。」
月斗は力無く呟いた。
祇里は人形を調べたが、とくに憑き物はいないようだった。
少女も異常なさそうだ。
「なんだったのでしょうか…」
「わかんねぇ。とりあえず消えたから、大丈夫なんじゃないか?」
月斗はそれでも不満そうに刀を納めた。
しばらくして少女が起き上がった。
「大丈夫ですか?」
「ああ…はい……。どうなりましたか?」
「多分これで大丈夫なはずです。人形も悪い物が抜けたようですよ。」
「そうですか、ありがとうございました。」
少女は納金をして、人形を抱え帰っていった。

釈然としなかったが、次の参拝者のためにも再開することにした。
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