混沌の本棚

□家族の殺風景
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 私は家の鍵を開けた。玄関で待っていた犬の頭を撫で、部屋に入る。荷物を投げ捨てると代わりにノートパソコンを抱えて台所に移動した。犬はおとなしく後についてくる。
 「遅くなってごめんね。ご飯だよ、ヴェーダ」
 ドッグフードを棚から下ろし、えさ皿に移す。冷蔵庫から水を出して振り返ると、犬はもうえさ皿に顔をつっこんでいた。よほど空腹だったらしい。
 私はレトルトのカレーを電子レンジに投げ込み、パソコンを起動した。即座にツイッターに繋ぎ、高校時代の友人との会話に参加する。
 電子レンジがチン、と間抜けな音を立てた。

 私の両親は共働きで、帰宅は夜遅い。といっても、大学生になった私の帰宅も九時を過ぎる。する事がなく座敷で遊んでいる犬は激しい空腹に襲われて、最後には玄関で私の帰りをおとなしく待っている。どうやら、犬は両親にあまり懐いていないようだ。
 食事を終えた犬が隣の椅子に飛び上がった。テーブルに前足をかけ、ツイッターの画面をじーっと覗き込む。私はツイッターの傍らに文章作成ソフトを呼び出した。
 [私の両親は共働き。ペットの犬と私は二人でよく留守番をした……]
 課題のレポートを書き進める。テーマは「家族」。創作は苦手だから、実状を少しずついじって打ち込んでゆく。
不意に隣の家の喧噪が私の耳に入った。兄弟の喧嘩を仲介する母親といった感じだろうか。
 「……」
 犬が面白がってキーボードを叩くのを止め、私は温まっていたカレーを出して口に運んだ。妙にぬるい。
 「……あ」
 犬が打ち込んだ意味不明な文章を消しながら、私はふっと思いついた。タイトルにカーソルをあわせ、「原風景」の文字を訂正する。

 [家族の殺風景]

妙にしっくりきて、私は独り頷いた。

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