ポケモン金銀
□in海
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「あちぃ」
「そりゃあ、夏の盛りだからな」
「っつーわけで、海行くぞ!」
「……どういうわけだ」
「ま、気にすんな」
適当な理由を付けてシルバーを引っ張り出し、母さんの弁当をゲットして、現在AM10:20。
「なー、オレ、いつも思うんだけどさ……」
「何だ?」
「お前、色白いしさ……何つーか、ひょろい?」
「うるさい!行くぞ、アレグロ」
「ワニャ!」
一発頭を殴られ、オレはその場にしゃがみ込む。文句を言おうと顔を上げたとき、シルバーとアレグロの姿に誰かの影が重なった。
──勝手な行動はするな。危ないから。
──ごめんなさい……。
そうだ。あの日もこんな、夏の盛り。
あの日は、父さんに初めて海に連れて行ってもらった。ラプラスのふぶきの背に乗ったり、波打ち際で砂遊びをしたり、貝を集めたり……そのうち、ちょっと肌寒くなってきたなぁと思って顔を上げたら、目の前の岩場にパウワウが打ち上げられていた。
「うわぁ!」
「ぱ、ぱうっ!」
目が合った途端、オレたちは両方とも悲鳴を上げた。しばらく硬直した後、おそるおそる手を出してみる。
「お前、だいじょーぶか……?」
「ぱうぅ……」
パウワウはぷくぅと頬を膨らませた。ひれをバタバタ動かして、オレから遠ざかろうとする。
「何でにげんの?」
「ぱうーっ!」
さらに一歩足を踏み出すと、パウワウは威嚇の声を上げた。綺麗な黒い目が何となくギラギラしていて、オレはその場に立ちすくんだ。
「ぱ、ぱうぅーっ!!」
「ふぶきっ!」
パウワウの周りで何かがキラキラし始める。今思えばあれは細かい氷の欠片だったのだろうが、そんなことを確認するよりも早くふぶきがオレとパウワウの間に立ちふさがった。直後、冷たい風が吹き荒れる。
「うわわわわっ!」
「ゴールド、無事か!?」
「とーさん!!」
当時のオレには、何が起きたのかさっぱりわからなかった。まず鉄拳をくらい、それから父さんがパウワウに向き直る。
「ふぶき、あのパウワウは人間に対する警戒心が強いようだから、お前が手を貸して海へ帰してやれるか?」
「ラプ!」
ふぶきは頷くと、一言二言パウワウと言葉を交わした。次第にパウワウの顔から血の気が引いてゆく。
「ぱうーっ!ぱ、ぱう、ぱう……」
「ラプラー……ラプ?」
「ぱうぅ……」
やがてパウワウはオレの方を見るとペコリと頭を下げた。ふぶきがパウワウを抱き上げて、器用に海の中へ戻してやる。
「ぱう!」
「ばいばーい!」
オレはパウワウに手を振った。パウワウもひれを振り返して、波の間に消えてゆく。
「ほえぇ……」
「ほえぇ……じゃないだろう、ゴールド」
ふぶきがこっちを振り返って苦い顔をした。オレは父さんを見上げる。
「野生のポケモンは人間に対して警戒してることがあるんだ。さっきのパウワウだってそうだ」
「……んー?」
「お前が手を出したらこごえるかぜぶっ放しただろ?だから……勝手な行動はするな。危ないから。わかったか?」
「……ごめんなさい。でも、こまってるみたいに見えたから」
「そういうときは父さんに言えばいい。──ポケモンの表情、声の調子から様子を読みとれるようになるまで、トレーナーにはなれないな」
父さんはオレの頭に帽子を乗せた。
「お前はもうちょっと周りに気をつけなきゃな。優しいのは良いことだけど……」
急に風が吹いて、帽子をさらわれた。父さんの帽子が波間に落ちる。それを見たアレグロが慌てて取りに行ってくれた。
「サンキュ、アレグロ」
「ワニャ!」
「どうした、ゴールド?考え事か?」
「うん、ちょっと……」
いつの間にかヒノが弁当の包みを広げていた。巻き上がる砂埃から食べ物を守るため、両手に持った弁当箱を高く掲げているのが何やら滑稽だ。
「あの砂埃をどうにかするか、灯台に避難するかどっちがいいかと思って」
「とりあえずヒノを助けてから考えるべきだな」
「……そーだな」
シルバーがヒノから弁当箱を受け取る。ヒノはバランスを崩して仰向けに倒れた。さらに盛大な砂埃が舞い上がる。
「ちょっとずつ思い出してるよ、父さん。一緒に過ごした日々のこと、教えてくれたいろんなこと。まだ父さんには追いつけないけど……まだ、ちょっとずつ強くなってく」
砂まみれのヒノがオレにすがりついてきた。シルバーとアレグロはすでに真っ白になっているから、最後はオレらしい。
ヒノをぶら下げて砂埃をはたく。そういえばあの後、オレも同じように父さんに砂をはたかれたっけか。