□嘯く熱 中編
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いまだ構えたままの万斉に、晋助は喉で笑う。

「俺を斬って、また唯の辻斬りに戻るか」


此の、渦巻く、くすぶる熱の吐き出す場が。

蓄積された満たされない感情を吐き出せる時が。

出来るのであるなら。


「…否」

万斉は、刀を隠し鞘に仕舞った。

晋助は、にやりと口端を上げる。

「車を待たせてる」

「一日待ってはくれぬか」

「ほう…まあ、いいぜ」

晋助と別れた万斉は、女の家の前へ来ていた。

何だか。もう一度女に逢いたくなったからだ。

「拙者でござる。居るか?」

呼び掛けると、戸が静かに開いた。

「夜遅くすまぬ。悪いが、もう一晩泊めてはくれぬか」

「お入り下さいませ」

部屋に入ると、女が綿織物を渡した。

「傘を持たずに出て行かれたものですから、心配していたのですよ」

「小雨故、濡れても構わぬと思ったでござる」

濡れた身を拭きながら、万斉が言う。

「風呂を用意しますから、お入りになって下さい」

「拭くだけで足りる。風呂はよい」

「臭いも取れます故」


万斉は目を見開いた。

血の臭いを感じていたのか。
血は浴びなかったのだが。


風呂から上がると、万斉は女に問うた。

「拙者が人斬りだと気付いていたのか」

「はい」

女が笑んで返す。

万斉は眉を微かに顰めた。

「実は、一度お会いしてみたいと思っておりました」

「何…では橋の上に居たのは、拙者を待っていたのか」

「はい」

「何故。まさか拙者に斬られたかったのか」

「いえ。女は斬らないと知っておりましたので。唯、どんな人物なのか興味があったのです」

「ほう…?」

「何だか。やり切れない想いを抱えた、孤独な方なのではないかと勝手に思っていまして」

「……主は、血塗られた拙者と身体を重ねて平気なのでござるか」

「…一時を共に過ごす内に、触れて欲しくなりました」



色眼鏡越しなのに。

女の形良い唇が。

薄らと桃色に浮かんだ。



万斉は、失っていた感情が溢れ出しそうな事に、戸惑った。

血に飢えた獣と化した、墜ちてしまった己には、いらぬ感情。

「主は、本当に不思議な女だ。人殺しに情けを感じるとは」

万斉は、その感情をはぐらかす為に、言葉を発した。

「私は、捻くれ者なだけです」
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