長 編
□薄明 一
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「さて、どうしたものか…」
人斬り万斉は、仕事を終え鬼兵隊の船へと単騎で向かっていた。
海岸沿いを走っていたところ、浜辺に黒い物体が打ち上げられていた。夜だったので近付くまで確認するのに時間が掛かったが、単騎を停めその物体へ向かうと、人だった。
下半身は海に浸かっており、俯せ。脚で仰向けにさせ口許に手を翳すと微かに息が掛かった。
黒い髪は短かく、顔は砂だらけだが見たところ女だ。あまり見掛けない服装をしている。
(溺者か…?)
だがしかし、上半身は濡れていなかった。外傷も無いし、命に別条はなさそうだ。
何故単騎を降りてしまったのか。此奴に近付いてしまったのか。これ以上関わらないでおこうと踵を返す。
左脚を前に出そうとしたら動かなかった。
足許を見ると、細く白い手が己の足首を掴んでいた。
女の顔をまじまじと見る。
ぼんやりと月明りに浮かぶ女の砂塗れの顔は、白く人形の様だった。
女は目を瞑ったままだったが眉を潜め、小さく唸った。
そこへ冒頭の台詞へと戻る。
己ひとりの判断で鬼兵隊の船へ連れ込む事は出来ない。
の、だが。
女が小さく口を開いた。
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女は暗闇の中に居た。
意識は朦朧。
息苦しい。
身体は酷く重く思うように動かせない。
瞼も開けない。
ふと、腹から何かが当たり身体が動いた。動かされた。
一筋の小さな光が見えた。
しかし瞼は固く閉じたままなのでそんな気がしただけだ。
手を何とか蠢かせると何かを掴んだ。
そこで一瞬意識が浮上した。
「血の、匂い…」
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帰って来た万斉を見るなりまた子は目を丸くした。
「何スか、その担いでるのは!?」
「拾ったでござる」
「拾った?」
「否、拾わされたのが正しいでござるかな」
「はぁあ?」
近付いて見てみると、下半身がずぶ濡れの全身砂塗れの女だった。
「なんスかこの汚い女は」
「行き倒れていた」
万斉はまた子を横切り中へと入って行く。
「ちょ、待つっス!勝手に女を連れ込ませて晋助様が…」
「晋助には後で拙者から言っておくでござるから何も言わないように」
「万斉…ッ」
「…また子殿」
万斉は立ち止まり少し考えた後、また子に振り返った。