□嘯く熱 中編
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白白と、部屋が染まり出す。

雨音は切れる事なく、今も静かに音を立てている。


万斉は、静かに腰を上げた。

玄関へ通ずる襖に手を掛けた刹那。

「休められましたか」

振り向くと、女が顔だけ此方へ向けていた。

「よく休めたでござる」

「それはよう御座いました」

女が起きあがり布団から出ると、「朝餉の用意をしますから、お待ち下さい」と言い、布団を畳む。

万斉が断ろうと口を開こうとする前に、

「これから用でもあるのでしたら、お作りはしませんが」

と、付け加えた。

目的なく日々を過ごしている万斉は、その言葉に苦笑した。

用なんて何も無いでしょう、と言っているように聞こえたから。

只で食にありつけられるし、まあよいかと万斉は腰を降ろした。

「主は、相当な世話好きでござるな」

朝餉を終え出された茶を飲みながら、万斉は女に言った。

女は目を伏せそっと笑む。

「ずうっと独りで過ごしていますから。偶に人と関わりたくなるのです」

「ほう」

「ですから、世話好きとは違います。唯の気紛れで御座います」

「そうでござるか」

「…雨、止みそうにありませんね」

女が立ち上がり窓に向かうと、障子を開ける。


部屋に入り込む雨音が、少し大きくなる。

無数の細い雨の筋が、目に映る。


色眼鏡越しから見える景色は白黒。
否。たとえ外したとしても、変わりはしないだろうが。

雨を降らす空の色は、何も色を持たない。


「闇の時刻以外では。暇を持て余しているのではありませんか」

「…ふむ、そうでござるな」

夜更けに出会ったからそう思ったのか。
はたまた闇を彷徨っているのを感じ取ったのか。

何かは解らないが、空を眺めながら言った女の問いに、万斉は肯定した。

女が空から目を離すと、万斉に近付く。

隣に腰を降ろし、細い指を万斉の顔にゆっくりと伸ばした。

何をしてくるか解ったが、万斉は顔を背ける事などせず、黙っていた。

指が色眼鏡の柄を触ると。そろりと外した。

女の涼しげな目と、己の目が直に合う。


「私の気紛れに。付き合っては下さいませんか」

「どのような気紛れでござろうか」

「人肌に触れたくなりました」

「…よかろう」



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