□黒く塗れ
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其れは其れは月の綺麗な夜だった。

月明かりで浮かんだ灰色の雲が漂う。

雲の波間の月は隠れては見え。隠れては見せ。

満ち満ちた月は静かに、妖しく照る。



俺は唯其れをぼんやりと眺めて。

否、惹き付けられるように。目を離せずにいた。

「…綺麗だな」

息と共に思わずそう漏らした。



「あんたに何が解るっての」



俺の呟きを拾った、聞き覚えのある声がするりと耳に入る。

咄嗟に構える体勢を取り、振り向く。

甘い香りが、俺の鼻腔を擽る其の位置まで。

いつの間にか。

影から半身を浮かばせた女は、妖しく笑って俺を見据えていた。

「あんたに此の月夜の美しさなんて解るはずないわ」

「……お前…」

女は吊り上げた口端を一層上げると。

「あんたは月夜の美しさを語るなんて資格はこれっぽっちもない」

「何…」

女の右足が前に出る。

するり、と。

俺に更に近付く。



「ぞくぞくした?あたしを見てさあ」

「此の月夜と同じだったわねえ。あの時も」

「あんたは月の美しさになんて目も呉れてなかった」

(やめろ…)

「血を浴びたあんたの紅い目は…」

(やめろっ)

「唯情欲に濡れていた」



ザァアー…ッ



女の髪が。乱れ舞い踊る。

チカチカ。

目が、チカチカ煩い。



「あんたに逢いたかった。…分かる?」


女は、口許を歪め。

舌舐めずりをする。

俺に身体を寄せ。

首筋に腕を回す。

俺の身体は、動かない。

動けない。


「フフッ…血を浴びて酔ったあんたは、その昇ぶりの儘あたしに。ねぇ…?」

「俺は…」

「今更罪悪感抱いてるなんて言わないでよ」

刹那。

俺を射抜いた瞳の奥、は。

「あたしをとことんやっつけてみてよ。あたしをたっぷりと味わってみて」

妖しい笑みが、浮かんだ。

「ねえ、銀時ぃ」

妖しい笑みは、俺の耳元へと隠れ。

甘い、

囁きが。

脳髄に、

響いた。








「あたしを








犯しておくれ








もう一度」








チカチカ煩かった目は。

紅く。紅く。

染まって行く。


「俺の、…傷口に。口付けしてやろう」


無意識に漏れた言葉に、女は反応する。

女は俺の顔の正面に。

「此の傷は、あんたの証」

さも愉快そうに口許を歪め、己の下部を撫で。目を細める。

俺は右頬がひきつり。

口端が僅かに上がった感覚を覚えた。

「そう、あんたが鬼の、ねえ」












(犯された女は為すため月明かりを浴びかつての鬼の前へ現れた)
(犯した男はまざまざと蘇る記憶に囚われ再び鬼と化す―――)



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