壱
□酔狂な奴
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あたしは孤児だ。
家は無い。
ねぐらは橋の下。
スリを働いて、生計を立てている。
今日も街を練り歩いて、スリを容易に働けそうな人間を探す。狙うは、金持ちそうな男や隙のある女、酔っ払い等。
ああ、いい奴を見付けた。編笠を被った派手な着物を着た女。彼奴に決めた。
態とそいつによろける様に軽くぶつかり、素早く懐に手を忍ばせる。財布を掴んで直ぐさま手を引く。
「悪いね」
ぶつかった事への詫びを言い、その場を去る。
あたしは路地裏に入ると財布の中身を確認した。
「けっこう入ってるね」
良い仕事をしたと、ほくそ笑んだ。
「悪餓鬼。それは俺の財布だぜ」
直ぐ後ろで男の声がし、ハッと息が止まった。
しくじった…!!
全力で逃げ出そうとする。
だが首根っこを掴まれ、走る事は出来なかった。
「相手を間違えたなァ」
喉で笑う男の声が怒りを含んでいて。あたしは恐る恐る男を見た。
編笠の派手な着物を着た、女だと思ったのは男だった。
「返せや」
あたしは慌てて男に財布を返した。
「警察には、お願いだから引き渡さないどくれっ」
「ククッ…どうするかなァ」
男は口許を歪め笑った。
「お願いだ、あんたの頼みならなんでも聞くから、堪忍しとくれ」
「ほう」
男は鼻で笑うと、こう言った。
「まあ、渡しゃしねえよ。俺も警察には関わりたかあねえ」
その言葉にあたしは内心胸を撫で下ろした。
「その代わり。俺の暇潰しになれ」
「え…?」
「俺にスリを働いた罰だ。ちゃんと償え」
「わ、解ったよ…」
私が応じると、男があたしからやっと手を放した。
男は編笠を取る。顔の全容が現れた。左目を包帯で隠して、右目は射抜かれるような、鋭い目をしていた。そして妖しい雰囲気を纏っている。
あたしは男の纏う雰囲気に畏怖を感じた。
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