□嘯く熱 後編
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其処に、人影が。

万斉は瞠目した。


顔がはっきりと確認出来ない距離であっても。

その纏う気配が。

あの、女であるという事が。


「晋助…謀ったな…」


悔しそうに声を漏らす万斉に、晋助はくつくつと笑った。


「お前ェの人間味ある部分を見てみてえと思ってなァ」

「……」

黙す万斉を晋助は一瞥すると、車に向かう。そして万斉の前に戻ると、傘を差し出した。

万斉が女から受け取った、傘だ。

「隠し持ってたのは知ってたぜ。彼奴に返してこいや」

傘を持とうとしない万斉の手に、無理矢理傘を掴ませる。

「女を求めてるくせに、己を誤魔化すのも大概にしろや。馬鹿馬鹿しくてしょうがねえや」

「…何故こんな事をする」

「唯おもしれえからよ。彼奴も俺と同じくれえに、酔狂な女だぜ」

「女を知っていたのか」

「まあなァ。さて、俺ァ帰るぜ」

晋助が車に入り、ドアを閉める刹那。大層愉快そうな声音で、こう言った。

「帰った後のお前ェが、見物だな」



じつと此方を見ていた女が、頭を下げた。

傘の柄を握る力が、込められる。

迷いながらも、足は橋へと向かった。

橋へ辿り着く。

橋の真ん中に立つ女。

場所は違えど。

出逢った時と、同じ。


月明かりに照らされた女は。

涼しげな目を万斉に向ける。


静かで、柔らかく。

微かな冷たさを持って。

存在している。



「お久しゅう御座います」

「…主に、聞きたい事がある。何故拙者を知っていた」

「夜道で、万斉様をお見掛けしました。血を浴びておりました」

嗚呼、人を斬った時にか。

血を欲するあまり、女に気付かなかったようだ。

「戦慄が走ったのは確かですが。天を仰いだ万斉様から滲み出る、憂いに。心奪われました」

「何…」

「彷徨い出すあなたを着いて行こうとしました」

「……」

「その時、左目を包帯で覆われた男の人に声を掛けられました。そしてその方から万斉様の素性を教えて頂きました」


…成る程。

晋助が、女に。


「攘夷戦争に参加していたと言う事を知り、万斉様から滲み出る、憂いの理由が何であるのかと、理解出来ました」
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