□嘯く熱 前編
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万斉は血を捜し彷徨う。

腐り落ちてしまった国に憂いにも憤りにもなる想いを抱え。置き去りにされた渦巻く感情を弄んでいた。

己の手に持つ刀から滴る血を見ては。

満たされない感情がまた己に蓄積されるのを感じ。

天を仰いで、嘆息する。


万斉の眼から写る世界は。
何の彩りも無かった。


あてのない歩みを再び始めた万斉は、橋の上に人影を認める。

血を求めるかと隠し鞘に仕舞った刀を握ろうとしたが、それは留まった。

欄干に手を置き佇むは、女だったからだ。


人気の無い、夜も更けた時刻に女が独り。


万斉は、暇潰しにでもなろうかと、女に近付いた。

「主、独りで何をしておる」

橋の真ん中で、流れる河へ顔を向けていた女の、垂らした長い髪が揺れた。

女の顔が万斉へと向けられる。
涼しげな切れ長の目が、万斉を認めた。

「見ての通り、河を眺めておりました」

その声は。女の目の様に、涼しげで、静かに万斉に届いた。

「夜が深まったこの時刻に、女独りで居るのは不安とは思わぬか」

「近頃徘徊している辻斬りの事で御座いますか」

辻斬りとは、女の前に居る万斉の事である。

万斉はひとつ自嘲気味に笑みを零した。

「如何にも。住処へ帰られた方がよい」

女は暫し考える様な素振りを見せると、万斉に言った。

「では、送っては頂けませんか」



万斉は女と共に夜道を歩く。

女の纏うは、静かで、楚々とした雰囲気。血を捜す己の騒ぐ熱とは、懸け離れた裏側にあると、万斉は思った。

「此処で御座います」

女が質素な平屋の前で歩みを止めた。

「拙者はこれで」

万斉が踵を返した刹那。

「お待ち下さい」

女が万斉を引き留めた。

「お上がりになりませんか」

女の誘いに、万斉は目を小さく見開いた。

「先程対面したばかりの見知らぬ男を上げるとは。どう言う了見でござるか」

「直に雨が降ります故」

「雨、でござるか…雨の匂いなどせぬが」

「必ず降りますよ」
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