短編

□仄かに香る花よ咲け
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仄かに香る花よ咲け




綺麗に晴れた空が遠い。肌寒くなってきた気候に一つ身体を震わせ足早に帰路へ着く。ふと、ふわりと風に乗っていい香りが鼻腔を擽る。どこから漂ってきたのかと目を走らせれば、一本の樹が目に留まった。

「いい匂いアル!これ何て花なんだろう?」

自分と同じ色をする小さい花弁達から漂う仄かな優しい香りに自然と笑みが浮かぶ。さわさわと風に揺れる度にその香りを強め辺りに香りが染みわたる。

「あっ!」

ふと、樹の根元に折れた枝が転がっているのに気が付いた。枝先には、目の前の樹と同じ橙色の花弁が咲いている。手に取って鼻を寄せれば、同じいい香りが胸いっぱいに広がり、ぱぁ、と少女に笑顔が咲いた。

「これなら持って帰れるネ!銀ちゃんの机に飾ってやるアル」

華のない家にこの手にある花が飾られているのを想像し、嬉しそうに口元を緩める。軽い足取りで家路につく自分の横を見慣れた長髪が通りかかり、呼び止められた。

「ヅラ!」
「ヅラじゃない、桂だ!リーダーその手に持っているのは、金木犀か?」

珍しそうに手元を覗く彼に、首を傾げながら、さっきそこの道沿いで見つけたとこを告げる。

「きんもくせい?これそんな名前アルカ?」
「ん?ああ。そうか、この町にもあったのか」

どこか懐かしそうに微笑む彼に、どうかしたのかと問えば、曖昧に微笑って首を振られた。

「いや、ただちょっと懐かしかっただけだ。じゃあリーダー、俺は攘夷活動に勤しまねばならん、失礼する」
「変なヅラアル、じゃーなーヅラァ」

ヅラじゃない、桂だ、と訂正する声を背景に、再び足を進め、我が家へと帰り着く。中では家主が珍しくソファではなく、机に突っ伏して転寝をしており、開いた窓から入ってくる風がとても寒そうだった。

「仕方無いアルなァ・・・」

持ち帰った金木犀をその辺にあったコップに生け、彼の部屋からとってきた肩かけをそっとかけてやる。もう一人の従業員が来るまで冷えた身体を温めようと風呂場へと後にする。少女の姿が消えると共に薄らと目を開いた彼は、ふと香った懐かしい香りにゆっくりと橙の花を目に留める。

「こいつァ・・・」

久しぶりに目にした花に、幼き日の師の言葉が浮かんで消えた。

『銀時、金木犀を知っていますか?』
『知らねぇ』
『そうですか・・・嗚呼、良かった。銀時見なさい、あれが金木犀です。十月十日の誕生花なんですよ』

とてもいい香りでしょう?と微笑む師の姿が鮮明に蘇り、つられるように己の頬も緩む。腕を伸ばし、生けられたコップを引き寄せそっと、香りを嗅げば、胸いっぱいに広がす柔らかい香りに、ふ、と笑みを漏らし、このままでは折角の花が枯れてしまう、と戸棚から花瓶を取り出し水を入れ、枝を生ける。これで少しはマシだろう。応接兼食卓の中央に飾ると同時に風呂から出てきた少女が小さく声を上げる。

「銀ちゃん!花瓶あったアルカ!」
「おう、お前珍しいモン拾ってきたな」
「金木犀っていうんでしょ!」

えっへん、と胸を張って花の名前を告げる少女に、良く知ってたな、と頭を撫でれば、ヅラに聞いたアル。と目を細めながら嬉しそうに答える。

「ヅラにあったのか?」
「帰ってくる途中にすれ違ったネ、懐かしいって言ってたアル。銀ちゃんも懐かしいアルカ?」

首を傾げる少女に、小さく笑いながら頷き、花へと視線を落とし、懐かしむように口に出す。

「この花はなァ、俺の誕生花なんだとよ」
「銀ちゃんの!?」
「おう」
「・・・似合わないアルナ」
「ひでぇな、おい」
「嘘アル、銀ちゃん甘い香りがするネ、お似合いヨ」
「・・・それもそれでなんか複雑だわ、銀さん」

苦笑を零しながらぐりぐりとオレンジ色の頭を撫でまわし、ぽんと撫でる。

「銀ちゃん、誕生日いつネ?」
「あ?」

見上げてきた少女に目を瞬かせ、はて、とカレンダーを見れば、それは十月十日を示しており、少しだけ驚愕を表情に乗せる。

「・・・十月十日」
「え?今日がどうしたネ?」
「ちげーよ、十月十日が俺の誕生日なんだよ」
「・・・はぁ!?」

まじでか!?と食いつく少女に、おう。と返せば、新八に頼んでご馳走用意するアル!と家を飛びだしていった。何だか照れくさい気もしなくもの無いが、楽しみにしている自分がいるもの確かだった。

「もうプレゼントはもらってるんだがなァ」

一本の枝に咲く橙の小花に和かな笑みを浮かべ、きっと慌ただしく帰ってくるだろう子供達を迎えるために珍しくお茶でも入れといてやろう、とその場を後にする。居間に残った金木犀が、ふわりと風に乗って揺れた―――。




仄かに香る花よ咲け
(心からのおめでとうを貴方に)
(銀さん!誕生日おめでとうございます!ってかもっと早く教えてくださいよ!)
(銀ちゃん姉御がケーキ買ってくれたアル!)
           


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