愛でる虎 逃走編
□愛でる虎25
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…俺がその話を聞いたのは、一ヶ月も前のことだった。
喜多姉さんの付き添いで城下町に来ていた俺は、休憩がてらに喜多姉さんと茶店に入った。
そこはいつ行っても賑わっていて、その日も繁盛していた。
俺と喜多姉さんは並んで座り、団子と茶を注文する。
…と、隣に座っていた男が二人、店内のざわめきにほどよくかき消される声で、ある話をしだした。
嘘のような、その話を…
「そういやよ、お前は知ってるか?」
「何をだ?」
「甲斐の国の、虎の話さ!」
「あー?なんだそりゃあ?聞いたことねぇぞ」
「知らねえのかよ!甲斐の国にはな、10寸もあろうかっていう虎が住んでるんだよ!」
「なんだい、そりゃあ…眉唾もんじゃねえか!」
「まぁ、聞けって!それがよお、今までは森の深くで住んでた虎が…最近、町におりてくるらしいんだ…!」
「ほう…」
「…信じてねえな?」
「当たり前だろ。信じられっかよ」
「でも、虎を見たってやつがいるんだぜ…?」
「本当かそりゃあ…?」
…ここまで話した男は、さらに声を潜めて話し始める。
いつの間にか聞き入っていた俺も、何食わぬ顔をして声を聞き逃さないように耳をそばだてた。
「なんでもよ…夜になると、森からやってきた虎はどこへともなく夜の町に消えてくそうだ」
「…どこへ消えたんだ?」
「それは知らねえがよ…夜な夜な人を喰ってるって噂もあるぜ?…でもよ、その虎の肉にはすげえ力があって、どんな怪我や病気も治しちまうんだとよ!」
「うわ、ますます眉唾もんな話じゃねえか…!」
「……けどよ、本当に虎がいるなら…」
「……………」
そこで男二人は話を止め、茶店から出て行ってしまった…