日和部屋
□深い深い森の中で
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それは「探険がしたいっ!」と芭蕉が言ったのが始まりだった。
「…何でまたそんな事を」
日差し降り注ぐ午後。
野原で昼食のおにぎりを食べながら曽良はげんなりとした表情で芭蕉を見た。
「だって森の中って一度も入ったことないんだもん。一度は探険してみたいよ」
「はぁ…」
師の突発的なお願いに曽良は呆れる。
「お願いだよ曽良くん!松尾一生のお願いっ!」
「…仕方ないですね」
芭蕉の熱心な頼みに折れた曽良は仕方なく探険とやらに付き合ってやる事にした。
〜
「曽良くん!早く〜!」
「そんなに走ると怪我しますよ」
無邪気に森の中を駆け回る芭蕉にため息をついた曽良は、周りの景色を見ながらゆっくりと歩を進める。
小鳥のさえずり
風に揺れる木々のざわめき
暖かな木漏れ日
たまには森の中を散策するのもいいものだと曽良が思っていた矢先、遠くにいた芭蕉の声が聞こえない事に気付いた。
「…芭蕉さん?」
辺りを見回しても芭蕉の姿が見えない。
気になって少し早足で森の中を進んでいく。
すると、遠くの方に蹲っている人影を見つけた。
「芭蕉さん…っ!」
嫌な予感がした曽良は自分でも気付かないうちに走りだしていた。
「っ…いたた…」
「あんなに走り回るからですよ」
熊にでも襲われかけているかと思いきや、ただ転んで膝を擦り剥いただけらしい。
「全く貴方って人は…」
動けない芭蕉を抱き上げて大木に寄り掛からせるように座らせて傷口を見てやる。
「どう?曽良くん…」
「深くはないみたいですね」
「じゃあ唾でも付けとけば治るかな」
芭蕉がそう言った瞬間、血の滲む膝に曽良の舌が押し当てられた。