夏海連載
□俺と彼女の議題
1ページ/4ページ
「つまり、置き傘を無断で盗る行為には厳重に処罰すべきだよ。例えば罰金制にしたりするなどして対策を打つべきかと……」
放課後、次のクラス会議の議題を同じ委員長の武藤と俺とで決めていた。
議題が決まれば後はクラスメートたちが勝手に言い合っているのを俺たちがまとめて担任に提出すればいい。
「犯人が誰か分からないじゃないか、だいいち罰金なんていくらなんでも……」
「まぁ安心してよ、ただの討論会だから本気でやる訳じゃないし、そこまで犯人を追求するつもりも皆ないから」
こうして議題はきっちりと内容を立てているのに、解決法は非現実的な解決や意見しか言わない。
「ともかく、今回の議題は“置き傘窃盗団撲滅運動”というタイトルはどうかな? 漢字いっぱいでカッコイイし」
「格好よくしたいのか? ただ普通に“置き傘の盗難について”でもいいだろ」
「いや、納得いかないよ、じゃあ今回は“議題のネーミングは長いほうがいいか短いほうがいいか”ってのはどう?」
「既に議題名が長いじゃないか。それにその議題で1時間も話が続くのか?」
「試してみようよ!」
その議題は予想に反し、白熱した言い争いになった。
端的に伝えるのが社会的だ。とか、タイトルで伝わらなきゃ議題に入りたいとも思わないんじゃないか。とか、32字以内なら長いほうか短いほうか……
その言い争いに彼女はただただ満足げに微笑みながらクラスメートを見て、クラス会議目録ノートに一つ一つ書き込んでいた。
放課後、クラス会議の内容を書いている武藤に近付いた。
外はうっすら朱色に染まり、俺たちがいる教室を空と同じように染め始めた。
今回の議題は割と良かった。
いつも黙って聞く側の俺も意見を言ってしまったくらい。
武藤が出す議題は無意味なものばかりだが、皆何故か乗せられて熱を持ったように話出す。
それはなかなか止まらない。
武藤はすごく頭が良い訳じゃない、だがこの企画する力はすごいと思っている。
無意識でやっているのかもしれないな……
「……部活は大丈夫なの?」
ノートにまとめながら武藤は口を開く。
教室には武藤と俺以外の人間はいないから、俺に聞いたのは言うまでもないか。
「今日は補充組が何人か居てな、部活は自由参加になったんだ」
「ふ〜ん、まぁ立海も運動部中心とはいえ進学校だしね」
「全く、部活と勉学の両立を強く言っていたんだが、聞かない奴らばかりで困る」
むっ、武藤にそんな事を言っても関係ない話か……
「遊びたい年頃だし、気持ちは分かるな…なんてね。ははは…」
あまり感情の入っていない笑い方をしていた。
愛想笑いだろうが、よくこの笑い方をしている。
俺はその愛想笑いの声が止んだ時、ノートを覗き込み、時折手を止めて悩む武藤に聞く。
「どうした、やけにペースが遅いじゃないか」
シャーペンを持つ手が浮き足立ったようにフラフラと定まっていない様子。
「あぁ……ちょっとね。纏めるのがあまり得意じゃないから手こずってたの。今回は結構みんな意見を言ってくれたから……」
ちょうど“長い派”か“短い派”かの集計を書き込んでいた。
「みんな熱いよね、私は議題だけ出してほったらかしてる人間だし」
「それなら俺だって同じだ」
「ううん、真田君はよく意見出してるじゃない。今日だって…」
「忘れてくれ。今日はみんなの熱を受けて取り乱してしまった」
「いいじゃん、私たちまだまだ子どもだし。それに真田君は意外と我を忘れたような意見は言わないし」
「……それにしては、議題を出す当の本人はあまり意見を言わないな」
「意見があったらすぐにでも言うよ。でも私って自分の意見とかあまり浮かばなくて……友達の意見を参考にしてる節があるの」
その言葉に、またぎこちない愛想笑いを加えていた。
その渇いた笑い声は、静寂した教室に虚しく響いていつしか消えていた。