夏海連載

□異世界交流
1ページ/6ページ

 
 
 “奇跡の回復”

 “無傷で復帰”

 “記憶の断片”



 久しぶりに図書館へとやって来た。


 そしてまず探すのは少し昔の新聞。
 いつも図書館に来てはそれを必ず読んでいた。


 武藤天利が中学1年生の春に報じられた記事。


 未成年だから名前こそないものの、当時これは私の事だと言われた。

 しかし、今いる私はその中学1年生の武藤天利とは違う。



 自殺をはかり、未遂に終わったと書かれているが、実際私は自殺なんてしてないし、まず中学1年生でもない。



 本当は学校卒業したばかりの社会人一年生で、季節は冬を迎えていた。


 今まで生きて来た記憶もしっかりしている。

 それに私が自殺しようとした訳じゃなく、詳しくは自殺しようとした友達の手を取って道連れになったんだよね。


 次に目を覚ました時にはいきなり中学1年生って設定になってて、西暦は以前いたままの状態で、病院のベッドの上にいた。


 周りには知らない顔ばかり。私の両親だという人たちすら初対面。


 結局医師から『全生活史健忘』と診断された。
 俗にいう記憶喪失というもの。



 こちらの世界の『武藤天利』は補欠合格で立海に入学し、毎日楽しそうに通っていたと武藤さん自身は言っていたらしい。

 でも実は、武藤さんは仁王雅治という生徒が好きで、告白したのをきっかけに生意気だとイジメられ始めたらしい。
 告白しただけでイジメってのも変な感じだけど……


 行き過ぎたイジメにより、武藤さんは自殺をはかった。後日そのイジメていた生徒は退学になった。


 イジメの話題ももみくちゃにされて知らない生徒のほうが多いらしい。
 
 
 だが記憶喪失になった私は普通に通えばいいと言われ、今も言われるがままに立海にいる。


 記憶喪失というのはみんな知らない。

 友達もいなかったらしいから、誰かから心配される事もなく、ただ不登校してたんだと判断された。



 こちらの武藤さんの事を知りたかったけど、むやみに調べたりはしなかった。
 本人が本人を調べるというのは結構難しく、途中で諦めたのだ。



 いつの間にか成績も上位に上がり、こちらの両親を始め、先生たちの目が劣等生から優等生の視線へと変わった。


 ついでに美術部にも入ってみた。
 前にいた世界でも絵が好きだったから。

 こっちに来てからは家も広いし、学校の美術部も幽霊部員ばっかりで描きやすい。

 何より、野仲リコという友達と本来の自分をさらけ出せる場所が出来た事は嬉しかった。




 ただずっとこのままこちらの世界に居ていいのだろうかとは思う。


 前の世界に戻りたいし、向こうには彼氏だっているし。

 あまり本気で付き合ってなかったけど、心配かけてる事には変わりないし。



 その記事を読み終えて元の位置に戻し、図書館を後にした。



 いつまで続くんだろう……なんて、答えの出ない事を頭に巡らせていた。









「どうすればいいんですかね〜、ノラさん」


 中庭のベンチに座る一人と一匹。


 私の隣で安心しきって眠っているノラ猫さん。

 立海に通うようになってから懐かれるようになり、餌付けもしないのに近付いてくれるのには驚いた。
 
 
 
 もしかしたら以前の武藤さんに懐いているからなのかもしれない。


「ノラさんは立海のお局さんだね。きっと立海の生徒以上に物知りかも」


 頭を撫でても無反応。

 ノラさんらしいや。



「チサ、こっち来んしゃい」


 誰かが誰かを呼んでいるらしい。


 私はのんびりノラさんの頭を撫でて無反応の姿に笑みがこぼれた。


「チサ! ニボシ持って来たんじゃよ!」


 ノラさんの耳がピクリと動いた。

 ニボシって何か言ってたし、ノラさんにあげるのかな……と見上げた。


 自分の髪の毛で見えづらい視界から、銀色の綺麗な髪をした男子生徒に目を見張った。


 顔立ちも悪くないし、ただけだるそうな感じはあまり好みじゃない。


 相手の男子生徒は私を見て驚き、目を見開いていた。

 ニボシの袋を持つ手がきつく握りしめ、グシャッというビニールの音が響いた。



「呼ばれてるよノラさん」


 ふにゃ〜、と寝起きのまま立ち上がり、その男子生徒からニボシを貰いに行った。

 男子生徒は私からすぐに目を逸らしてニボシをいくつか渡していた。


 だがニボシを一通り貰い、男子生徒がノラさんの頭を撫でようとした時、ノラさんはそこから逃げて私の隣に戻って来た。


 くわえていたニボシをベンチに置き、ゆっくり食べ始める。


「サービスしてもいいんじゃないですか、ノラさん」


 無心でカリカリ食べるノラさんに助言をしても無駄だった。
 
 
 改めて男子生徒を見る。

 立ち尽くし、何故か私を睨んでいた。


 それからけだるそうに猫背で校舎の中へと入って行ってしまった。



 一体誰なのだろう。

 でもノラさんが構わないからって私に嫉妬しなくてもいいのに……

 
 
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ