お題

□泥棒つかまえました
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『悪いけど、そいつ、俺のなんだ』


路地で僕を助けてくれた時、ネズミが言った言葉。頭の中をぐるぐると渦巻いて耳から離れない。





路地を抜けて人ごみに体をねじ込みながら、ネズミと僕の住んでいる家へと向かう。
いつもと同じ場所な筈なのに、今は、ぶつかる度に浴びせられる怒声も異様な匂いも、神経を素通りしているかの様に僕の頭に入ってこなかった。

人のせいには、したくないんだけど…
たぶん、これはネズミのせいだと僕は思った。


『悪いけど、そいつ、俺のなんだ』

路地で女に絡まれた時、ネズミが僕を救出するために言った言葉。

その場しのぎの言い訳なんだと分かっていたけど、少しドキッとしてしまったのも事実。
ネズミの動作や、光沢のある濃灰色の瞳に見惚れることは度々あったし、顔立ちだって僕より断然いいから格好いいとは思ってたけど。

でも、そんなのとは違った…ような気がした。


「どうした、紫苑」

俺の腕を引っ張り、前を歩いていたネズミが訪ねてきた。
僕は、はっとしてからネズミの方に視線を向けると目が合い、反射的に目をそらしていた。

「…何でもない」
「ふぅん」


ネズミは他人に関心がない。

いや、関わろうとしない。
なのにいつも僕を助けてくれるから、実は以前から疑問に思っていた。
僕は君と居てもいいのか。
ネズミには色々と世話になった。世話になりすぎている。これ以上の負担をかけたくないから、邪魔なら出ていこうと思っている程だ。


「…何でもないって顔じゃない」
「わっ」

さっき女に連れ込まれたばっかりなのに、今度はネズミに路地へ連れ込まれた。
人気のないそこは薄暗くて、目の前にいるネズミの顔すらはっきりと見えないけど、この灰色の瞳だけは、何処に居ても分かる。

君は気付いているだろうか。

「で。何なんだよ」
「……」

黙り込んでいると、呆れたように溜息をつかれた。


分からない事だらけで悩んでいるのに、溜息つきたいのはこっちだと、心の中で言い返してみる。
まぁ、真相を求めようとせずに勝手に悩んでいる僕も悪いとは思う。ネズミもネズミなりに僕の事を心配してくれてるんだろう。

少しだけ、聞いてみようと思った。


「…なんで…」
「うん?」

ネズミが僕の口元に耳を寄せる。
もう少し、もう少し大きな声で…

「なんで、あんな言い訳した?」
「はぁ?…ああ、さっきのか」
「うん…」

とりあえず、これが今一番の疑問。

『悪いけど、そいつ、俺のなんだ』

ぼそぼそと言ってから、また思い出して、今度は少し頬が熱くなるのを感じた。


「なんでそんな事で、あんたが悩むんだ」
「だって…好きでもない相手に、あんな事言えるはずない」
「だったら、俺は紫苑のことが好きだって言えばいいのかよ」
「そんなこと言ってない!!」

ちょっとカチンときて、無意識に怒鳴っていた。
普段あまり見せない僕の態度に驚いたのか、ネズミは一瞬、目を大きく開いてから真顔に戻った。

「僕は…君にとっての、何だ…」
「……」
「ネズミ!」


暫くの沈黙。
僕は耐えられなくなって、俯いて謝罪の言葉を言う前に、ネズミが僕の顎に指をかけた。
そのまま上を向かされた僕の耳元へ口を持っていき、擦れさせた心地よい低音が囁く。

「そんな事、自分で考えろ」







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