お題

□見込みないけどやっぱ好きで
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カタカタカタカタ………

私はキーボードを打つ手を止めた。

それでもせわしなく鳴りつづけるキーボード音は、
私が孤独でないことを知らせてくれるようだ。
それと同時に私は大きな大きな組織のたった一欠けらでしかないのだ、と感じる。

いや、それならまだマシかもしれない。

私はあの人の心の片隅にでも居られるのだろうか。

彼にとって私は大勢いる部下のうちの一人にすぎない。


「先輩、コピー終わりました。」

彼に仕事を頼まれるのは正直苦痛だ。

『ん、そこ置いといて。』

目をやった"そこ"にあるもの
奥さんと娘さんの写真。

嫌でも目に入って来るのか、
自制しようと態と見るようにしているのか、

残念ながら後者といえるほど私は強い人間ではない。

「…………」

『どうした?』

つい放心していたようだ。

「いえ、あ、綺麗な奥さんですね」

皮肉のつもりで言ったのだが
そんなもの、もちろん通じるわけがない

『ああ、だろ?』

ニヤニヤしながら答える彼を見ていると
勝てないな、と思った。

こうして話しかけることでしか
"私"を認識してもらう手段はないのだ。


悪いのは自分だ。
既婚者の上司を好きになった
自分が悪いのだ。

私は強い人間ではない。
だから
込み上げるものを堪えながら
またキーボードと向き合う。


見込みないけどやっぱ好きで


(もっと早く出会えていたら、)
(そんなことは)
(関係ないのかもしれないけど。)





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