シュライヤ・バスクード


□トキメキは、ホント突然だ!
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深夜のコインランドリー。


明日の仕事が休みの私は、天気の悪い今週中に出来なかった洗濯をしに、一人来ていた。

私の住む部屋には洗濯機がない。が、この安アパートの1階は古びた24時間のコインランドリーになっているので、時間問わず重宝している。
毎度の様に私は洗濯機が回ってる間、ゴォーンゴォーンと鳴る洗濯機や乾燥機の音を聞きながら、タバコを蒸して暇つぶしに持って来た本を読む。

寂しい女と端から見たら思うかも知れないが、私はこの殺風景な空間や時間が好きだった。

いつもの様に、ただ時間が過ぎて行くかと思いきや、今夜はちょっと違った。

私が2本目のタバコに火をつけようとした時、別の足音が入って来た。
私は何となくその音の方に目を向けると、このコインランドリーに居て初めて見る男の姿。

男は私に気にもせず、抱えた籠の中の衣類を乾燥機に押し込んでいく。
私は、男が後ろ向きという事でマジマジと観察する。

顔は髪に隠れてあまり見えなかったが後ろ姿は細身で、パーカーから覗く長い手や緩めに履いたジーンズからは長い足、髪は少し長めで柔らかな茶系、全体に癖っ毛みたいなフワリとしたウェーブがかっていた。


(後ろ姿だけでも目の保養だ…!!)


私は何とも言えない居心地の悪さと後ろ姿はイケメンの男にドキドキと得も知れぬ緊張で、思わず顔を伏せ読みかけの本へと視線を戻す。

暫くして、男は私の斜め向かいの椅子に腰を下ろした。


(…顔も見たい!)


私は気になる男の顔を一目見たく、チラッと視線を本から上げると、不意に目があった。


(おおっ…!!)


ドキッとした私は、瞬時に視線を下げ、いっそう緊張し始める。


(くそっ!イケメンじゃないか!!)


私は反射的に体全体を、男に背を向けるように捻る。他人の目なんか気にしない性だが、こんな時間に眉もろくに書いてない女が一人タバコを蒸し、しかもタランとした部屋着の姿がとても恥ずかしく感じた。


(早く洗濯おわれ!)


と念じていると、向かいからカチッカチッという音が聞こえてきた。

私が体を縮こませていると、「ぁ、あの〜…」と控えめな声。
誰と言わず男の声だ。私は一人、内心で焦りだす。


(これは、私に言ってんだよな…つか私しかいないしね!!)


今だ振り向きもしない私に、男はまた「あの、すんません」と声をかける。

寝た振りでもしてしまおうかと思ったが、覚悟を決めて僅かながら私は振り返った。


『は、はい?』


振り返った私に男は「ひ」と声を出す。その途端、私は心で(そらぁ貴方みたいに目鼻立ちハッキリしてない、眉無しペタンコ顔だよ私は!)と涙の海に沈みかけた時、また「ひ…」と聞こえた。


(何回も言うなバカヤロー!!)と愚痴り始めた頃、男は片手を軽く上げた。


「あの…火、貸してくれませんか?」

『ひ…?』

「そう。火」


私は男が上げた手の指先に挟まれているタバコを目にした。


『あ、あー火ね!火。ハイハイ、ど、どうぞ』


すっぴんの私の顔に驚いた訳じゃない彼に、私は変な笑いを浮かべポケットからライターを取り出し渡す。

私はまた、彼を観察してしまう。
さっきは一瞬だったから解らなかったが、伏せられた目元にできる睫毛の影、左頬にある何かのタトゥー、スッと通った鼻筋、少しカサついた薄い唇。
やがて彼は慣れた仕草で薄い唇でタバコを挟み、ライターに手を翳し火をつけると「あざっす」と小さく礼を言ってライターを返した。


(声も好みだな…)


なんて呑気に思っていると、「フゥ〜」と深く煙りを吐くのが聞こえた。私もそれな習うようにまた新しいタバコに火を点けた。


しばしの沈黙。まだ洗濯は終わらない。静かな時間を破ったのは彼だった。


「アンタ…ぁ、お姉さん、どっかで見た事あるな」


『ぅえっ?!』


突然の言葉に、私は眉間に皺を寄せた驚愕の顔をそのまま彼に向けてしまった。


「フハハハ!いや、おれ別にストーカーとかじゃないっすから」


どこか幼さが残る笑顔を向けた彼に、私はまたドキッとする。


『わ、笑い…すぎ…』


カァッと顔に熱が集中する私は、プイッとそっぽを向くと、彼はタバコを灰皿に押し付けた。


「ぁ〜、すんません。でもどっかで見た事あるな〜って思ってたら、駅前のカフェの人っすよね」

『…!?』


何ということだ!!彼は、私が働くカフェのお客だったのか!!
仕事中の私と、プライベートの私を見られただなんて更に恥ずかしい!!

そんな私の気も知らずに、彼は口元に笑みを乗せながら話し始める。


「おれ、あそこのランチ、大盛りで大好きっす。あと、駅前なのに店の雰囲気もいいし」


片方の足を、胡座をかくように組んだ彼があまりにも笑顔なもんだから、つい私も嬉しくなってしまった。


『今度きたら何かサービスするよ』


ポンと出た私の言葉に、彼は「マジ!?」と目を丸くする。
すると、彼は徐に立ち上がり私の前まで来ると


「あの、おれ、シュライヤって言います」


ガバッと勢いよく下げられた頭に、今度は私が目を丸くする。


「お姉さんは?」


体を曲げた状態のまま伏せられた頭がクイッと持ち上げられると、かなり近い場所に彼、シュライヤの中性的な顔があって思わず背中を反らす。


『名無しさん』

「名無しさん、ね」


シュライヤが私の名前を繰り返し呟いたちょうどその時、後ろでシュライヤの乾燥機が終了の合図を鳴らす。私達は同時に『「あ」』と声を出す。


シュライヤは小さく「チッ」と舌打ちして、何だか名残惜しそうに乾燥機へと足を向ける。


私はシュライヤが乱暴に籠へ衣類を戻すのを眺めていると、詰め終わったシュライヤが背を向けたまま私を呼んだ。


「あ、あの名無しさん…さん」

『ん〜?』

「明日、店にいるか?」

『いるよ』

「…休憩とか何時くらい?」

『私はだいたい14時くらいから1時間かな』


私がそう答えると、シュライヤはツカツカとまた私の前に来た。
私は座ったままシュライヤの顔を見上げると、彼の頬は赤みを帯びていた。


「明日、その時間に店行くから」

『う、うん』

「だから、おれとその、飯でも行かね?」

『ぇ…』



急な誘いに私が慌てていると、シュライヤは「迎えに行くから」とだけ告げて、去ってしまった。

残された私は、しばらく頭がついていかなかったが、シュライヤの言葉を思い出し、一人コインランドリーでボンッと顔を真っ赤にさせるのだった。



end.

ちょっとシュライヤのイメージが違いますが…
初々しい感じは、うちのサイトではシュライヤが担当かなとなった次第でございます(´ω`;)

 

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