季節小説

□夜光の兎
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夜光の兎

 いつもまたがってばかりでは阿吽が可哀想だと言って、その日のりんは一日中手綱を引いて歩いていた。

 ……のだが、目に見えて分かること、やはり少女は疲れてしまい、夕方頃にはいつの間にか阿吽の背中に身体を預けて寝てしまっていた。

「まったく……、これだから人間のガキはな〜。
『これからは邪見さまが座ってていいよ!!』って、わしが呑気にそんなところに座ってるわけないだろうがっ。
なんと言っても、戦国最強の大妖怪、殺生丸さまに仕えておるんだからなっ!!」

 反応を待ってちらりと主の表情を伺ってみるが、当の本人は黙って前進するのみ。

 勿論りんは安眠中なので、結果邪見の独り言になった。

(わしっていっつも可哀相。良いこと言ったのになぁ〜〜)

「はぁ〜〜」

 毎度のことながら主の足蹴を食らわぬよう頭の中でそうぼやき、一際大きくため息をつく邪見だった。





――――――



 その夜。


 風がそよぐ一つの丘には銀色の光があった。
 殺生丸は月を見つめ、気分に任せて色々なことを思案しては風の匂いで時の動向を見ていた。


 人里は近くない、人間も傍には来ていない。村の人々がりんを怪しんで自分の村に引き連れる未遂もあった今、用心しないではいられない。
 顔も知らぬ誰かに、この笑顔を見る権利を奪われたくはない。
 その時、暖かく優しい匂いが殺生丸の鼻を掠めた。


(りんが起きたな……、こちらに向かってくる……)


「あっ、殺生丸さま起きてたの?」

 月明かりに照らされ、笑顔で言うりんは殺生丸を眼中に捕らえると、多少駆け足になってその隣に立った。

「寝ろ。疲れているのだろう」

「ううん、寝すぎて目が冴えちゃった」
 てへへ……と可愛らしく笑うりんに殺生丸は振り返った。
「そうか…」

「うん。結局阿吽にお世話になっちゃった。ね、殺生丸さまっていつもお月さま見てるよね、楽しい?」

「別に……」

「そう?お月さまにはね、うさぎさんがいるんだ、ってかごめさまが教えてくれたの。だから殺生丸さまもうさぎさんを見てるのかな〜って思った」

 あの小娘はまた妙な事を教えるものだなと殺生丸は思った。

「……私が兎を見てどうする」

「ん〜。ぴょんぴょん跳ね回るところ見てたらきっと可愛いくて楽しいよ!」

 なるほど私が対して気にも止めない小動物の動きまでわざわざ観察しているのだな、と殺生丸はりんの楽しげな様子を見た。

「……ならばおまえの言う兎はもうここにいる」

「え……」


 ふわり、とりんは簡単に殺生丸の右腕によって抱き抱えられてしまった。
 急にそんなことをされた戸惑う表情のりんが、殺生丸にとってはまた大事なものであると感じさせた。

「殺生丸さま……」

 りん、うさぎさんみたいに可愛く跳ねたりしないよ、と否定の言葉はいくらでも思いついたが、自分を見つめる金の瞳に心奪われ相手の名を呟くことしかできない。

「りん……」

 徐々に顔を近付けていくと頬が林檎色に染まり身体が強張る少女。それを快感にした殺生丸は、少し意地悪をしてやろうという衝動に駆られた。

 恥ずかしさで目を閉じたりんの頬にそっと唇で触れ、肌の感覚を味わう。

 目を開くと癒されたように薄く微笑む夜光の妖にりんはますます顔を赤らめて触れられた部分に手を当てた。

「………楽しいな」

「!!」


 すぐ近くに、妖怪の顔がある事で、どきどきと心臓が高鳴っている。
 でも、こんな近くで殺生丸さまを見るのって、久しぶり。
 あの時以来だもの……。

 綺麗……――




「殺生丸さまが笑った顔、初めて見たけど可愛いね」

「…………」

 可愛い……?

 心外な事を言われ、少々顔をしかめた殺生丸だったがそう言って笑うりんがたいそう可愛らしいので許すことにした。


「殺生丸さま、ここにいるうさぎって、りんのこと?」
「……他に誰がいる」
「そっか。じゃあ…、殺生丸さまはお月さまだね……」
「………好きにしろ」

 うん、好きにする。
 だって殺生丸さま以上にお月さまに似ている人っていないと思うの。

 だから、殺生丸さまはお月さま。
 綺麗な綺麗な。



 かごめさまの言ってたことは、本当だったよ。
 お月さまにはうさぎさんがいる。
 それでね、うさぎさんはお月さまが大好きだからお月さまにいるんだよ。



「もう寝ろ」
「はあい」
 小さな兎を腕から降ろし、元来た場所へ戻ったのを見届けた殺生丸はまた、兎の居るという月を見上げた。

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