短編小説

□戦地に立つ者
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泥沼になってきた最前線に“それ”は送られてきた。


生き残りの末路




目隠しと地面に付きそうなほど長いマントを取られ、後ろで組まれていた腕についていた手錠を外される。最後に髪留めをとると、長い髪をしたかわいらしい子供が姿を現した。
銃弾が飛び交い、血の臭いがまん延する戦場にその白く淡い印象を与える子供はあまりにも不釣り合いだった。股まである白いローブを身に纏い、半ズボンから出ている細い足は裸足であった。護衛を任された私は指示された通りにその子の3歩後ろで待機していた。隊長と話しているのを聞く限り子供のコードネームは“ジョーカー”。「切札」とも訳されるその名はその子には似合いそうにもなかった。ジョーカーは隊長の言葉に、無表情でなんの感情もない目で頷くと、ゆっくりと歩きだした。

そして歌う。

遥か昔に消えたと言われ、もう誰にも理解できない言語で紡ぎ出される詩は、理解すら出来ずとも何か心を揺さぶるものを持っていた。それはジョーカーの、これから行われる事への、儀式か、謝罪か、だったのかもしれない。ジョーカーが最前線にでてくると味方の兵士はみな撤退していった。
取り残された私は少し寂しい感じもしたが気をとりなおし任務に集中した。死体が溢れる戦場を切札と共に歩んで行く。

数百メートル先には何千と言う敵兵に、戦車。上空には三機の空中要塞母艦と共に数えきれないほどの小戦闘機がいる。
こんなのを相手に本当に“切札”は有効なのだろうか。不安どころではない。今まさに死と直面しているのだ。ミサイルが一発でも飛んで来たら私たちは灰になる。ちっぽけな私たちに何ができるのか。目の前の切札はこんな敵国の軍勢に本当に有効なのだろうか?。

敵戦隊の何万という銃口がこちらに向けられた。私たちを含め、撤退している味方の軍にも。
物凄い爆音が炸裂する。
幾重に重なる音だけで人をおし潰すのに、それと共に放たれるのは“死”。
誰にも見たことがないだろうその光景に私は生きた心地がしなかった。嵐のような弾丸。それは全てを焼き付くし、私達を骨も残さず殺す、
………はずだった。
切札が手をかざし現れたのは、巨大で透明な六角形が折り重なってできている“壁”だった。その壁に阻まれ、弾は目標に当たる前に爆発する。壁の向こう側では爆風が起こり、自軍の武器で自らを苦しめることになった。
切札が一歩踏み出すと壁も前へ進み出す。壁は魔法で出来ているのか、全てを遮断する。壁の向こう側では爆風による砂嵐が起こり、壁を押し出すことで砂嵐が敵軍へ押し寄せる。

再び切札が歌い出す。

今度は酷く悲しい旋律に聞こえた。歌いながらも押し続けている壁は既に敵前まで近付いていた。

更に大きくなる歌声。

すると私たちの後ろが歪んだ。空間が歪んだ。その歪んだ空間の裂目から現れたのは「一角獣(ユニコーン)」。切札が召喚したのだろうその獣は、美しかった。銀色の毛皮に銀色の角。その角には古代の碑文が刻まれている。瞳は爛々と輝いていた。一角獣は切札と目配らせをして堂々と歩を進め、切札の先に行き魔法の壁を突き破り敵陣に突入した。

全ての風が止み、砂埃が止み、敵陣に静が生まれる。死が溢れる醜い戦場で、そこだけ生で輝いていた。

一角獣を中心に波が起こる。地面が揺れて見える。まるで物を構成している原子自体がうごめくような。

一角獣が鳴く。それはハープのような綺麗な音色。そして後ろ足で立ち、前足を振り上げ、角を空に突き上げる。

その瞬間、世界が、響いた。

雲一つない晴天から、ところ狭しに蒼白い雷が落ちてきた。まるで天罰のように。小さいものには、一撃。巨大なものには無数に。1つの落雷はまるで何千年も生きた巨木のような大きさだった。

人間も、機械も、平等に焼き払われてゆく。
その景色は、絶景。人が死んでゆく、地獄絵図。
燃え上がった一隻の母艦が回りを巻き込み墜落していく。ゆっくり沈むように、兵や戦車を押し潰し地面に墜ちた母艦はさながらひれ伏す巨人だった。
この瞬間、私は悟った。
形勢が逆転した。
敵の何万もある兵力が一人の子どもに負けたのだ。
墜ちた母艦が爆発した。
味方を巻き込む火の竜巻。とうとう残りの二機も力を失い沈んでゆく。さらにおこる大爆発。決定的だった。

後に雷戦争と呼ばれるこの戦争は、ジョーカーが、一人勝ちだった。

炎と煙が立ち込めるなかで一角獣の角だけが青々と輝くのが見えた。








(存在意義をはっきりと見せつけた、生き残りの魔術師も、時が来るまはでただ戦争の駒だった)





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