短編小説

□闇の中で
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以前、花畑の真ん中にあった本だらけの家はなくなり、代わりに小さな墓標が一つ立っていた。
花畑は健在で今でも輝かんばかりに咲き誇っている。
「病気はストレス性の何かというお医者様の話しでしたが、私にはよくわかりませんでした」
ヒカルは目を伏せ悲しそうに呟く。
詩織は墓の前にひざまづき目を瞑り手を会わせた。
暖かい空気は芳しい花の香りを運び、天へと昇ってゆく。日は傾きオレンジが辺りを包んでいた。


「あなたたちのおかげで日本の未来はよい方向へむかっていますよ」
詩織はヒカルにそう話しかけた。
「さう言って貰えて時人も嬉しいでしょう」
二人の女性は沈む夕日を見つめる。
「静かな最後でした…」
ポツリとヒカルが話しだす。
「私の手を握りにっこり笑いながら言ったんです。…ありがとう、って」
ヒカルは顔を伏せる。
「彼は私に向かって、“好き”とはよく言いましたけど、“愛してる”とは言ったことないんですよね。それが少し…淋しくて」
「………不器用なんですよね。昔からそんな人でした」
「昔から?」
「はい、昔から」
「私達が中学2年生のときでした。クラス会議が白熱し過ぎて、委員長でも収集がつかなくなったときがあって」
懐かしむように言葉がでる。
「もの凄い言葉の応酬でした。いま思えばとても下らない内容でしたけど。とても煩くなって、もう少しで怒鳴り合いの喧嘩になりそうなその時でした。今まで黙ってた時人君が急に立ち上がって黒板を叩いたんです」
こうやってと言い、詩織は手を横に思いっきり振る。
「その音で、その時みんな時人君に初めて気付きました。そこで彼は一言、こう言ったんです」

『議題からずれてる!』

「はははっ」
「ふふふっ」
「っ、なんとなく想像つきます」
二人は一頻り笑うと淋しそうに夕日を見つめ直す。

「もう少し早い時期に来れれば良かったんですけどね…。葬式にもちゃんとでたかった」
「お気持ちだけで結構ですよ。大輔さん共々忙しいのでしょう?」
「はい。大輔が今一番辛いと思います。この時期の国政のトップは死ぬほど忙しいです」
「上が忙しいだけなら平和な証拠です。感謝してます」
ヒカルは詩織を見る。
「でも、できれば、時間をみつけて来て欲しいです」
それはヒカルからのお願いだった。
「時人は私に以前の交友関係を滅多に話しませんでした。なので、親族の方もお友達も葬式に呼べてないんです」
「ここでの隠居生活も秘密にされてましたしね」
「はい。彼、一人でも大丈夫だと日頃から言ってました。でもただの強がりなんですよね。一人でいるとき淋しそうにしてましたから。やっぱり、昔の友達には会いたいと思います」
「…わかったわ。今度、彼の友達も、家族もみんな連れてきて一周忌を行いましょう」
「ありがとうございます…」
詩織はそっとヒカルを抱き寄せる。
「辛かったでしょう…」
ヒカルの目からは涙が溢れていた。詩織はヒカルの背に腕を回し頭を撫でる。
「愛する者が死ぬのは辛いことです…」
ヒカルは詩織の肩に顔をうずめ、必死に声をかみころす。その手は詩織の服をギュッと握っていた。
「私たちがついています。悲しみを分け合いましょう」











死してなを、黙する者










(輪島時人・ここに眠る)




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